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[証言録]海軍反省会 4
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歴史
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海軍反省会記録第三十五回 指揮系統と暗号通信

『[証言録]海軍反省会 4』
[編]戸高一成 [発行]PHP研究所


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昭和五十七年十月二十六日(場所・水交会)

【発言者】

寺崎隆治/中島親孝/大井篤

鳥巣建之助/福地誠夫/佐薙毅

野元為輝/新見政一/曽我清

保科善四郎/泉雅爾/末国正雄

内田一臣/鈴木孝一/扇一登

【司会】

土肥一夫



諸連絡


土肥 まだ、おそろいになりませんけれども時間になりましたので、これから第三十五回海軍反省会を始めさせて頂きます。最初にお断りいたしときますが、この間、池田清(兵73)君の会の後の懇談会で、私が酩酊いたしまして申し訳ございませんでした。僅かの酒に酔っ払って、大変醜態を見せました。お許し頂きたい。それから、池田(清・兵73)君の講演には六〇名ですか。全部で八二名。大変ね、成績が良かったと思います。それからこの懇談会も三〇名ぐらいですね。水交会のね、近頃の講演会においては、一番成績が良いようです。まあ、そんなことでございました。

寺崎 その会でですね、本人も非常に喜んだそうです。それで、深田(秀明・兵73)君のクラスの人には大変感謝して、みなさんから、色んな意見を。保科(善四郎・兵41)先生とか、あるいは、その他の方々などから意見を承り。また、こんな、歓迎会まで、懇談会まで催して頂いて、非常にありがたく。ああいう点を踏まえて、今後、教育の方に、ということでした。


 私、思いますのに、本人はまだ非常に若い学者で、海軍の経験がないから、研究が非常に浅く、私はこと更にですね、一個所ぐらい、間違いの所があるというふうに指摘してやったのは、学者ならあんな、明石元二郎(士6)の元二郎を次と書いても、大佐、中佐なんて書かないと。色々な名前が間違っとる。事実も相当、一方的なとこがたくさんあった。非常に浅い研究であるというふうに、私は感じましたけれども。あんまりそういうことを言うと、本人が、今後の意欲を失うから。まあ、非常にそのずさんな、浅い、あるいはその辺の雑誌だとか、週刊誌だとか、権威のない本を見てですね、そして一般世間に、こんなことを書いたら売れるだろうっていうな点が多分にあったと思います。そういう点で、この間は本人にも反省を促し、もっと深く研究して頂くというようなことを言った。


 なお、私はまあ、更に手紙で、本の影響、あるいは、正しい海軍の伝統というものを。同じ悪口を書くにしても、更にもっとこういう点が優れていたんだというような書き方。それをカバーするような、ああ、点が欠如しておったと。小泉(信三)博士の言う、歴史というものは、その国民、あるいは海軍の復旧、海軍の人が読んで、感激して奮起すると。そういうようなことがなければ、意味をなさないと。そういう点において、一方的に海軍の非常にたくさんの批判的、悪口って言うか、そういう点を書かれている。本人も、そういう点はだいぶ感じたようです。そういう点を取り上げて、一所懸命、勉強すると思います。

土肥 あの、懇談会の席で、中村(義彦・機56)君。これは機関学校の五六期ですが。ええ、池田(清・兵73)君に質問をして、その質問した要旨が、海軍はイギリス流ではない。むしろ、アメリカ流であったというようなことを質問にしたのに対して、寺崎(隆治・兵50)さんが、それは間違っとるということを、私に言われましたんです。これは、あの中村(義彦・機56)君に、今日、聞きました。別にアメリカ流をそのまま入れたというのではなくて、アメリカの兵学校と、イギリスの兵学校と。両方から色々なものを取り入れたと。それで、ええ、学期別の一号、二号、三号などという分け方は、イギリス流ではなくて、アメリカ流であったと、いうふうなことを申し上げたかったんだという話を、今日、聞いてまいりました。それで、大正の何年頃からか、全く海軍がイギリス流になりましたということです。


 それから今日は、資料を頂きました方が、三人あるんですが、中島親孝(兵54)君と、末国(正雄・兵52)さんと、福地(誠夫・兵53)さん。この三人の方から、プリントを頂きました。ところがこれが、みなさんにコピーして差し上げようといたしましたところが、三十何万何千円か、かかるという話を聞きまして。それはちょっと我々には不可能であると思いまして、中島(親孝・兵54)君のものだけは、始めに印刷しましたから、みなさんにお配りしてあります。そのほかの末国(正雄・兵52)さんと、福地(誠夫・兵53)さんの分は、五部ずつ、取りあえず持っております。で、これは後の説明のときに、それは俺にも見せろという方に、見て頂くという意味で、五部用意してございます。


 今日は、最初に中島(親孝・兵54)君から、この話をして頂きたいと思っています。


 それじゃあまず、中島(親孝・兵54)さん、一つお願いします。


【中島発表】

海軍の無線通信システム


中島 それでは、資料をご説明申し上げます。私の最初の課題は、通信、暗号、情報、諜報、宣伝でございましたけれども。通信、暗号と情報、諜報、宣伝はちょっと性質が違いますので、二つに分けて書きました。一応、資料が今配られただけでございますから、読みながら簡単に注釈を加えたいと思います。それで、これはこの前、私がここで説明しましたのと、だいぶ、様子を変えて書いてみましたが、このくらいがご要望に合うんじゃないかと思って書いたので、これじゃどうも物足りないとか、どうとかいうことがあれば、書き直します。


 まず、通信暗号の計画と実施。通信計画。連合艦隊における艦船通信は、緊急時にある艦船が電波規制のほとんどない超短波電話機。利用電波が三〇ないし三〇〇メガヘルツ。で、随時直接通話を行ったほか、必要な場合、所定電波、一般通信系電波、及び旗艦通信系電波等によって放送し、これを受信した通信隊は、中枢通信隊に転送して、その放送にかけることにしていた。艦船部隊には、一般通信系電波を常時待ち受けていて、受信に努めるほか、東京通信隊の放送、または所在地区の中枢通信隊放送を受信すれば、必要な電報はすべて受信することができる仕組みになっていた。米海軍でも、ホノルル、ヌーメア等の放送を活用していたが、それは多くの部隊が広い海面に行動する場合、最も合理的な通信法である。なお、潜水艦に対しては、別に超長波、伊佐美送信所が一七・二キロヘルツ放送によって、潜航中も受信可能とした。超長波放送を組織的に行っていたのは、我が海軍だけであった。


 特に、申し上げることはないと思いますが。

寺崎 伊佐美てのは、どこですか。

中島 伊佐美はですね、これはあの、名古屋の近所でございます。それで、ほんとは海軍の船橋の送信機を使いたかったんでございますが、このとき船橋の長波は、改装中でまだ使えなかったんです。とにかく、非常に長いんじゃなければ、海中に届かないので、当時、日本で一番長かった伊佐美の一七・二キロヘルツ。一七・二キロヘルツと申しますと、一万七〇〇〇メーターぐらいの波長を出します。それを使って放送したわけです。

大井 インドネシアにもありましたね。ジャカルタにも。あのインド洋に、ええっとこう、あれやっとる、こうね、インドネシアのジャワ島にね。超短波の発信所がありましたね。ジャワの真ん中のバンドンに。私、そこに行きましたもん。長いの。

中島 長いってのは何ですか。アンテナが長いんじゃないですか。

大井 いやいや、これはね、あの、インド洋にあの、潜水戦隊行ったでしょ。

中島 どのくらいの波長。

大井 知りません、私スラバヤの、二一根拠地隊で、はっきり、インド洋に行くやつだと。

中島 それじゃこれはちょっと直しておきましょう。そういう所もあると。もともと超長波はですね、これイタリーで、昭和七、八年頃ですか。これが非常によく(海中に)通ってるってことを言い出したんです。日本でも問題になりましてね、当時、軍令部の九課の推進部員だったかな。田村(保郎・兵45)さんね。亡くなった。あの方がですね、飛びついた。これやろうと。そしたら、ほかの人が、受信だけじゃしょうがないって、まあ、いらないじゃないかって止めた。それがですね、その後、戦争直前頃イタリーで、実際使ってるという話が出てきたんですよ。これ、正式な報道じゃないと思いますけども。それで、とにかく日本もやろうということになって、この伊佐美を使ったんです。更に前を申しますと、普通は電波の伝播の式からいきますと、これ実験室でございますがね。長いほど海水の中を通るんです。それで、あの、あれが五一期の、なんでしたかね……。

寺崎 有坂(磐雄・兵51)。

中島 有坂(磐雄・兵51)さんがですね、潜水艦のときに、これ、やってみようっていうわけで、交流発電機を直結しましてね。それとあの、ループアンテナってありますね。これをアンテナにしてですね、それで、直結したらどのくらいになりますか。ええ、だいぶ長い電波で、出したんです。ところが、多少上まで出るんですがね、やっぱり海水中から発信っていうのは、なかなか難しいんです。で、結局ものにならなかったんです。だから結局最後まで、できたのは、受信だけでございます。

大井 私はただ、これが、あのインド洋の潜水艦が沈んでおっても、聞こえるようなやつだってこと言われてね、私、二一根拠地隊の参謀をね、昭和十八年の、四、五、六と三カ月やっておったんです。そのときに、そこに行きました、その山に。


 そして、見せられた。そうしたらもう、こんな。名古屋も長いですがね。伊佐美も長いようですけれどもね。あれは伊佐美は私は鉄道で通るだけですから、長さは分かりませんけどね。あれも長いんですよ。こちらの峰から、ずうっと向こうの山の峰の間に、こーやってね、大きな発電所を山の上に造りましてね、やってました。そういうことを一つ、研究してみてください。

寺崎 鳥巣(建之助・兵58)さん、実際、(潜水艦で)聞こえたんですか。

鳥巣 いや、残念ながら、その通信のことはですね、全部、任せていた。

中島 色々なものに、相当役に立ったように書いてあるんです。

鳥巣 私もインド洋で放送しましたけどね。

中島 インド洋ではちょっと無理かもしれませんね。

鳥巣 スラバヤに南支方面艦隊がいましたのでね、あそこはあの、インド洋を指揮しとったのですよ。ですから、恐らくその通信じゃないかと思いますね。しかし、詳しいことは私もさっぱり分からんもんで。

大井 私のはね、昭和十八年にね、日本軍が昭和十六年か十七年に占領するでしょ。そして作るわけですからね、その短波の後なんですね。途方もないもの。それですからね、それは短波で間に合うようなものの代わりじゃないですよ。そこはやっぱり、このええ、こういうものでなきゃだめだっていうのが、昭和十八年頃、十七年か十八年頃の判断でやってるんだろうと思いますし、私は、そう聞かされたんです。

中島 調べてみます。次にいきます。航空機に対しては、中枢基地が増勢して、直接通信を行うことを原則とし、空母では、艦隊旗艦、または戦隊旗艦が、その隊の航空通信を統制することにしていた。これは、飛行部隊を艦隊長官、戦隊司令官が、直接指揮する関係からきたものである。陸上通信隊及び、主要航空基地は、固定通信系及び有線通信により、緊密に結ばれ、局地的部隊は、その隊の任務、編制に応じた通信系を持っていた。


通信員の練度低下による作戦への影響



 じゃあ次に、実施計画でございます。一般状況として、開戦当初は、関係者の練度も一般に高く、各部の通信は、航空機関係以外は、おおむね順調に行われ、作戦に支障を及ぼしたことはあまりなかった。その後、部隊の増加と要員の消耗により、電信員、暗号員の養成が間に合わず、能力が次第に低下したため、通信の錯誤、不達が、しだいに増加した。その影響がはなはだしかったのは、(しよう)一号作戦(比島方面)の場合で、おおむね、次のとおりである。なお、その後は兵力が減少し、戦場が狭められたため、作戦に支障をきたした例はかえって減少した。昭和十九年十月二十四日。小澤艦隊(第三艦隊)の発信電報が、どこにも到達せず、同隊の状況が全く不明であった。送信操作上の錯誤によるものと思われるが、通信指揮官等が、電報不達に気付いていない。東京放送にかからなければ、再放送するのは当然であるが、その配慮がない。


 これあの、第一次ですが、小澤艦隊が盛んに行って、索敵なんかやっているんですけれど、報告出したんですけど、どこにも届いてません。


 第二艦隊司令部内で、未届け電報があったと言われている。愛宕の沈没によって、旗艦を急に変更した影響があると思われるが、第一戦隊司令部に届けられた電報で、第二艦隊司令部に届けられていないものがあるということは、両司令部間に感情の問題があったのではあるまいか。


 これ、よく分かりません。分かりませんが、とにかく知らないと。あるいは指揮官なり、そのほかの方が忘れたから、それは届いてないと仰るのかもしれません。それで、(第二艦隊司令部が)一戦隊と同じ船(第一戦隊旗艦大和)に乗っているんでございますから。あるいはこれ、感情の問題なんだということでなくて、そういうことかもしれません。


 基地航空部隊の通信は、対機通信も基地間の連絡も、極めて不円滑である。第二航空艦隊が、比島基地進出直後であった影響があると思われるが、通信に関する各級指揮官の配慮が充分であったとは思われない。


 次にいきます。ええ次は、航空機通信。初めに航空機通信で、二つ申します。


 航空機通信については開戦当初から、円滑を欠いた場合が見受けられた。これは、一人で何役も務める搭乗員の訓練に当たって、通信にどの程度の力を割いたかによることが大きいと思われる。基地を移動しながら作戦を行うという、新着想の下に、大本営直轄部隊として訓練を重ねた、第一航空艦隊の角田(覚治・兵39)長官は、マリアナ被空襲の後で、自分は大変な過誤を犯した。それは、飛行機の通信訓練が、不充分であったことだ。と述懐している。


 これは、私が南のほうに行ったこともありましたし、飛行機の通信は場合によって、非常に良いときと、非常に悪いときがある。あるいは機械によっては、戦闘機の電話は、雨が降ったら電話を使わないで、電信で使った所もあります。その後に私は三艦隊に行ってやってみましたが、当時の電話で結構使えるわけでございます。

寺崎 ちょっとあの、田口(利介)さんが見えました。黒潮会。あの新聞の記者会。報知新聞記者やっておられて、そしてあの、戦後もずっと海軍の関係で、「時の課題」を編集された。ええ、情報等に、非常に詳しい。ちょうど、中島(親孝・兵54)さんが、情報、通信。情報、情報ですか。ああいう方面の発言をしています。

中島 次にいきます。電離層の変化。開戦後、次第に太陽の活動が弱まり、電離層が薄くなって低緯度地方では、夜半にも相当長い電波まで突き抜けるようになった。電離層の観測によって、使用電波を変更していったので、一般には支障がなかったけれども、航空機用電信機の周波数範囲が、五〇〇〇キロサイクルまでであったため、二五〇〇キロサイクルまで延ばした電信機が配給されるまで、この航空機用電信機使用の場合に、対機通信及び、基地通信に支障を及ぼした。


 で、これは、これだけのことでございますが、この短波のですね通信は、電離層で要するに返ってくるから、ある程度、距離を届くということで。地上波が行く範囲ってことだとですね、電離層は、返ってくる電波の間に、隙間ができるわけなんです。特に電離層が薄くなれば薄くなるほど、この開きがひどくなる。そういう場合に問題を起こしちゃう。


 それで、この電離層は、アメリカももちろん、電離層の研究にもとからやってましたが、開戦当初は、日本のほうが研究がよくできていて、アメリカのほうが、だいぶこれで、てこずったようです。ただアメリカは、大規模に、早速、方々に観測班を出しまして、電離層の研究をやって、間もなく良くなったようでございます。で、その突き抜けの問題は、向こうは、もともと中波を、日本海軍でいう中波でございますね。だから二〇〇〇キロサイクル中波です。これをですね、盛んに使っていたので、むしろ、この点ではアメリカのほうが有利だったと思います。

土肥 あのね、中島(親孝・兵54)さん。この五〇〇〇キロサイクルを、二五〇〇キロサイクルまで延ばしたっていうのはどういう意味。これ。

中島 ああ、これはですね、まず最初にお答えしますと、初めのほうはですね、キロヘルツとか、メガヘルツといった、今、みんな今、電波ヘルツで言うんです。で、ヘルツっていうのは、サイクルと同じような、要するにこれ(震動)の数。それで、五〇〇〇キロサイクル、までであったっていうと。五〇〇〇キロサイクルだと、いくらですか。六〇メーターですね。それでそれをですね、二五〇〇キロサイクルってその二倍の、だからメーターにしてみると一二〇メーターですね。一二〇メーターまでの電波っていうこと。それで、もともと飛行機の通信機は、軽くするために、極力コイルを少なくすると、こういうことで、長い電波は出ないようにしておいた。それはあの、ここに周波数範囲、長波は別ですよ。だいたい飛行機の通信は切り替えで中波が出る。それは防ぎようがありません。


 それから短波がですね、二万から五〇〇〇キロサイクルですか、初めは。で、それでは短いほうは足りなくて、突き抜けてしまう。だからある程度の距離が困る。これも昼間はだいたい、いいんですから、ほかの飛行機がいるんでございますけど、夜使う飛行機がですね、通信不能になる。それからもう一つは、あれはどう、どう言いましたかな。割に大きな電信機を基地で使った。これはやはり、長い電波が出ない。そうなりますと夜、そのある程度の距離の通信ができなくなる。こういうことで、一時困って、大急ぎで、これを長いのが出るのに改造して、それができてから良くなったということ。


ミッドウェーの敗北を招いたD暗号の漏洩



 次いきます。それは問題の暗号漏洩でございます。


 戦後判明したところによれば、多くの暗号が解読されていたが、なかでも戦略用のD暗号を解読されていたことは意外である。これがミッドウェー敗戦の大きな原因となり、山本(五十六・兵32)長官の戦死を招くことになった。しかも、最後までこれに気付かず、防衛策が不充分であった。


 D暗号は、二冊の別の暗号書によって暗号化した数字暗号に、乱数表の数字群を、非算術加算することによって強化したものである。珊瑚海海戦の少し前から、解読可能となったというが、昭和十七年一月、ポートダーウィン付近で撃沈された伊の一二四潜から、暗号書が米軍側に渡ったことはほぼ確実である。そのとき暗号書に対する処置が遅れたのは、同艦沈没の状況が判明しなかったためである。ミッドウェー作戦において、我が企図が察知されていたことは疑う余地がなかったが、当時、機密漏洩の穴が各部から多数認められ、暗号被解読を疑うに至らなかった。


 山本(五十六・兵32)長官搭乗機が、邀撃されたときは、暗号関係を徹底的に調査したが、D暗号は、乱数表を四月一日に変更したばかりであったので、一応、圏外に置かれ、ほかの軽易な暗号が疑われ、スパイ、沿岸監視哨ですね、の諜報という意見も出て、結局結論を得られんままに終わった。このときは、同年一月にガ島西端で(かく)()した、伊の一潜から得た暗号書が手助けになったということである。ここまで一応。それでこの、暗号の問題に盛んにその、暗号書が盗られたようなことばかり書きましたが、それはアメリカ側の本に出てるんでございますね。それを匂わすっていうか、そういうことが。この前、申し上げましたが、初めのほうは、デビッド・カーンの「コードブレイカーズ」っていう本に、これはあの、はっきり盗ったとは書いてないんでございますが、ミッドウェー作戦の前に、AFという符字が分かんないので、平文を打ったら、日本は暗号でまた、その同じAFが出てきたと。それでAFは、ミッドウェーと。ええ、ミッドウェーに水がないということを打ったらですね、今度は日本のほうでまた、AFに水がないそうだってことを打った。その暗号は、大ニュースと思って打ったんだとしたら、こういう打ち方に問題があるんでございます。そうやって向こうは確認した。ところがこれはですね、どうしてその暗号書に引っかかるかと言うと、暗号書っていうのは、暗号符字の並び方と、それからその、真文の並び方がでたらめなんですね。両方とも関係が全然ない。したがってですね、これは正攻法で解いていったならばですね、それが地名であるということになれば、AFなんか出ないで、ミッドウェーで出るはず。それでなかったら、分からない地名ってことになる。それをAFってやって、AFを確認したっていうことは、暗号書を持ってるからそういうことが言える、こういうことになる。


 それで、伊一二四潜から、米軍に暗号書が渡ったということは、何でかそれははっきり覚えてませんが、色んなものに出ております。


 それから後のほうの問題は、これは、これはこの前申しましたが、ブルース・ノルマンってのが、「シークレット・ウオーフェアー」という本に、このときは、伊一潜の暗号関係書類が非常に役に立ったと、そう書いてるわけですね。これが(ガ島に)のし上げたのが一月でございましたか。ですから、ちょっと経っていますけれども、まあ、乱数表まで盗られたかどうか疑問でございますが。いや乱数表そのものも変わっておりますから、乱数表まで使ったどうか疑問でございますが、一方から申しますと、これ後で申しますけれども、(味方の暗号関係書類は)割に早く色んなものを送っておかないと、通信が途絶えるんですね。それでしたんで、あるいは潜水艦には、このとき四月一日に変えた乱数表が行ってたんじゃないかと。そうすれば当然ですね。行ってないにしても、原文が分かってますと、乱数表だけでございますと、日本なんかその。人の目で一所懸命探して、探し出して同じの出すんで、なかなか手がかかりますけれど、向こうはすでにコンピューターをどんどん使ってましたから。同じものとかなんとかを、見つけ出すのは割に早いわけです。それで、出たんだろうと思いますが、これ私、暗号のことよく知らないんで分かりませんが、暗号を、正攻法でいくと、この間に何通打たれたか問題でございますが、これだけの暗号で、この乱数が全部出るだけあったかという、それのほうが問題なんです。普通は、もっとずっと出ないという研究をしてる。それで、日本流に勘定しまして、だいたいこの辺が暗号の命数だという所で、乱数表を変えていく。なお、その電文には、敵の手に渡ったなんていうときには、暗号書そのものを変えていくと、こういうことをやってたんです。そこには問題もありますが、何としても向こうは六〇〇〇人ですか。という人を使って、暗号のあれ(解析)をやってたんで、相当のことはできただろうとは思います。


暗号を解読から守る



 それから、次へいきます。我が海軍の暗号計画において、最大の欠陥は、暗号諸表が敵の手に渡ることに対する考慮が不充分であったことである。日本語は仮名で表した場合、難解で誤りやすいため、転字換字暗号は不向きである。暗号書暗号は誤りが少なく、暗号文も短くなる利点が大きいが、暗号書が敵手に渡った場合の処置が困難である。


 陸軍の暗号は、海軍のものよりも解読が格段に困難であったのは、陸軍の通信は有線通信から発達してきた関係上、重要暗号は、一対一の交信を原則とし、両者間に専用の乱数テープを使用したためであって、乱数は一回しか使わないから強いわけであります。ところが、海軍の作戦は、広大な戦場において、多くの艦船部隊が機動力を発揮する関係上、それぞれの部隊に共通の暗号が要望される。これは、暗号の強度を弱くすることになり、暗号書表亡失の場合を多くし、かつその場合の処置を困難にした。現にミッドウェー作戦以前の四月一日に、新暗号の使用を開始する予定のところ、暗号書表の配布が間に合わず、その実施が二カ月も延びている。


 この点から考えると、通信上不便であっても、暗号書の配布先を極限することが必要である。その場合、同一通信を異なった暗号書で組むことは、暗号の命数を縮める結果になるから、必要最小限度の命令、情報だけを知らせることになる。特に潜水艦に対しては、被害状況が、分からない場合が多いから、ほかの艦船と別種の暗号を使用することを考えるべきであった。この場合、大変容易な転字換字暗号の活用を工夫することも一法である。


 また、航空機用暗号のような機密保持よりも電文の短縮と報告要素を具備させることを主眼とした、簡単な戦術暗号書を、小艦艇に共用させることも一法であると考えられる。

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