読みたいトコだけ買える本。
犬耳書店
初めての方へ 記事一覧 無料登録 ログイン

犬耳書店はRenta!へ統合いたします

(2021/11/26 追記)

犬耳書店の作品をRenta!に順次移行します。
詳しくはこちらでご確認いただきますよう、よろしくお願い申し上げます。

0
-2
kiji
0
0
1197242
0
倍賞千恵子の現場
2
0
0
0
0
0
0
ルポ・エッセイ
お気に入りとは?

お気に入りボタンを押すとお気に入りリストにこのページが追加されます。興味のあるページ・気になったページを後から確認するのに便利です。

お気に入り お気に入り
第一章 寅さんと渥美さんと私

『倍賞千恵子の現場』
[著]倍賞千恵子 [発行]PHP研究所


読了目安時間:39分
この記事が役に立った
0
| |
文字サイズ


渥美清さんとの特別な瞬間


 あれはなんだろう──。


 いつもうまく説明できないんですが、渥美清さんと一緒にお芝居をしたときにだけ体験した特別な瞬間です。


 こちらがセリフをポンと投げると、渥美さんもポンと投げ返す。ポンポンポーンとテンポよくセリフのキャッチボールがうまくいって、どんどんテンションが上がっていく。


 うわっ、何なんだろう、これ。とっても素敵だなぁ。歯車がぴったり〓みあうような、即興演奏のかけあいのような、水車小屋の水車がどんどん回っていくような。何かものすごく愉快で、怖いくらいに幸せになって、

「わー、すごい、こんなに行っちゃってどうしよう!」


 あまりにもうまくいくことが理屈抜きに可笑(おか)しくなって、渥美さんもそうなんでしょう、ある瞬間、二人で同時にバーッと吹き出してしまう。アハハハハと声に出して大笑いしてしまうんです。


 その瞬間は、一緒に演じていて、お互いにわかりました。セリフを口にしながら、こちらが目に涙をいっぱい溜めながら笑いをこらえていると、向こうも細い目の中でもう笑っている。しまいにあふれて二人で一緒に弾けてしまう。それでNG。


 渥美さんと私が言い合います。

「だめだよ、そんなもう笑っちゃって」

「そんなこと言ったって、自分だって笑ってるでしょ。でもすごく面白いんだもん。素敵なのよ」


 そんなときは、たとえセリフを落としても、間違ってもまったく平気、芝居は完璧に成り立っています。役になりきっているからなのか、何をしても自由自在。やるたびに違うけれど、やるたびに面白い。リハーサルで吹いて本番でもまた吹いちゃう。


 亡くなったカメラマンの(たか)()哲夫さんから、かん高い声で、

「笑わないのー!」


 と叱られたものです。でも監督の山田さんだって、思わず一緒になって笑ってしまうときもありました。


 とても不思議な経験でした。相性がよかったのか、間合いが合うのか、渥美さんとのお芝居では、そんな幸せな体験を何度も味わいました。


寅さんとさくらの言い合いシーン


 意外に思われるかもしれませんが、『男はつらいよ』シリーズで、寅さんとさくらの兄妹二人が互いに言い合うようなシーンは、実はそれほど多くありません。


 二人でポンポンやり合ったといえば、たとえば第八作『男はつらいよ 寅次郎恋歌』(一九七一年)の一シーンです。マドンナは池内淳子さんでした。


 さくらの夫、博さん(前田吟さん)の母親の告別式が営まれる岡山県・備中高梁のお寺。親類一同の前に突然、お兄ちゃんがいつものダボシャツと腹巻、上着姿で焼香に現れます。目を白黒させるさくらと博さんの前に来て、さくらの数珠をさっと取ったお兄ちゃんは親戚にあいさつして回ります。


「このたびはご愁傷さまでございました」

「ご胸中お察しあまりあります」



 さくらは、あわててお兄ちゃんを引っ張ってきて、二人の言い合いが始まります。


「ん? なに?」

「何しに来たのよ、こんなとこへ……」

「何しに来たって、ゆうべ、おいちゃんとこへ電話いれたらよ。今日こっちで葬式だってんでね。おれ岡山へバイ(売)に来てたんだよ。だからとりあえずやって来たんだよ。なんだ、いけねえのか?」

「いけなくないけどさ、何よこの洋服、お葬式よ」

「そりゃおれも気にはなっていたけどさ。旅先だろ。だからこれ(喪章)着けてね、こういうのは気持ちのもんだから、なっ」

「でもさ、みんな黒っぽい服着てるじゃない。なんとかしてくりゃよかったのよ」

「そりゃわかってるけど、旅先だよ……(キレて)うるさいな、おまえも本当に!」

「困っちゃうわ、本当にもう!」



 ごく短いシーンですが、私と渥美さんの二人で、やっぱり意味もなくケタケタ笑っていました。それを怒るのは、だいたいカメラマンの高羽さんなんですが、このときは山田さんに怒られてしまいました。


 第三十二作『男はつらいよ 口笛を吹く寅次郎』(一九八三年)の同じようなシーンでも、兄妹二人が言い合うシーンがあります。マドンナは竹下景子さんでした。


 備中高梁のお寺で、博さんの父親の三回忌のために菩提寺に集まった親類一同の前に、今度はお坊さんの格好をした寅さんが突如現れます。墓参のため立ち寄った寅さんが、お寺の和尚さんに気に入られて手伝いをするようになっていたのです。


 正体を知っているのは博さんとさくらだけ。博さんが実の兄に向かって「兄さん」と声をかけると、隣にいた寅さんがおもわず「なんだ?」と返事して、周りに変な目で見られます。さくらは驚きと不安で泣きそうになり、廊下に出た寅さんに駆け寄ります。寅さんは子どもみたいにはしゃいで、


「ヒヒヒヒヒ! おまえたちのことをよ、たっぷり驚かしてやろうと思ったんだけど、返事したの、まずかったな。でも途中までうまくいったでしょう? うまいねと思ったでしょう、ね、ね、ね、ウフフフ……怒んなよ、おまえ~、そんなぁ」

「さっきから私がどんな気持ちでいたか、わかんないでしょう」

「からかっただけじゃねえかさぁ。泣くなっての」

「ねぇお兄ちゃん、正直に答えてちょうだい。ここのうちの人たちだまして、何か悪いことでもしてんじゃないでしょうね」

「ばかやろう、おれがそんなことするわけねぇじゃねえか。これにはいろいろと深い事情があるんだよぉ。な、あとで話するから」

(手伝いのおばさんから呼ばれて)

「はい! ただいま。忙しいんだ、おれ、見ろ。泣くなって、な、な」



 上機嫌の寅さんと泣き顔のさくらさんが対照的で、妙におかしいシーンです。ここでも何度も吹き出して撮り直しになりました。


 渥美さんとは、休憩時間によくふざけあって大笑いしていました。メイクさんが持ってきた鏡を見て私がいろいろな顔をして遊んでいたら、渥美さんがやってきて、

「何やってるんだよ」

「下から見ると、人間の顔ってさ、面白いのよ。ちょっと見てみて」

「どれ」


 二人で鏡を見ながらバカ顔をしているうちに、もうおかしくておかしくて。「社長さん顔」というのをして、下を向いて二人でゲラゲラと笑っている。周りは何を笑っていたのか、まったくわからなかったでしょうね。


 ただ意味もなくおかしいのです。今、思い出してもおかしいくらい。そんな()(あい)もない場面をなぜかよく覚えています。


寅さんのアリアにハーモニーをつける

『男はつらいよ』の第一作目のときは忘れられません。初めてセット入りして、寅さんが登場するシーンです。


 渥美さんのお芝居は、最初のホン読みのときから、もう飛びぬけて面白かった。〓飾柴又のお団子屋さんの「とらや」(第四十作以降は「くるまや」になります)の茶の間に役者さんたちが集まります。


 寅さんのセリフは渥美さんの頭の中にすべて入っています。山田さんの台本に渥美さんが時々アドリブを入れると、どんどん場面が膨らんでいきます。そのテンションの高さ、面白さにみんな吹き出しました。


 セリフを聞いているうちに、寅さんの世界がパーッと広がっていきます。それに引き込まれて、周りの役者がお芝居をする。それに応じてまた渥美さんが語る。そこは役者同士が響きあう真剣勝負の場です。


 リハーサルでのアドリブが面白ければ、それをどんどん本番に取り入れていきます。

この記事は役に立ちましたか?

役に立った
0
残り:16445文字/本文:19386文字
この記事を買った人はこれも買っています
      この記事を収録している本
      この本で最も売れている記事
      レビューを書くレビューを書く

      レビューを書いてポイントゲット!【詳細はこちら】

      この本の目次