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いますぐ人生をひらこう 正しく生きるヒント
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生き方・教養
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第二章 正しい「自分観」をもとう

『いますぐ人生をひらこう 正しく生きるヒント』
[著]船井幸雄 [発行]PHP研究所


読了目安時間:52分
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  ──ほんとうの私を見つけ、賢く、大きくしていこう



1 人は誰でも何かをやるために生まれている    正しい自分観



人は天命をもって生まれてきた


 さて、私が私らしく、あなたがあなたらしく人生を全うするために、もう一度おさらいをしておきましょう。というのは、くどいようですが、人間は、正しい人間観に基づいて生きなければ、本来発揮すべき「個」という芽を十二分に伸ばせないからです。


 つまり、人間は「アタマが良くなり、理性と知性と良心があり、創ることができ、悟ることができる、地球上で究極の生物」であるという人間の五つの特性を活かすことが、人間として生きてきた意味であり、そのために「リスクと責任をもって」自分の人生を切り拓き、「良心と自然の声に耳を傾けて」正しい道を歩み、「サムシング・グレイト」に感謝して生きることが必要条件なのです。


 もし、それらを無視した生き方をすれば、人間としての充分な成長は果たせません。人間としての成長の少ないところでは、「個」としての成長も少ないですね?


 なぜなら私たちの基本は人間であることであり、人間を幹、個を枝とするならば、幹が成長せずして枝が成長することはあまりないからです。幹が腐れば自ずと枝は枯れます。枝である個性を緑隆々とさせるためには、幹を絶えず太くたくましくしていくことが必要です。そのためにも、今一度第一章の趣旨を思い起こしていただきたいのです。



 さて、では一体「個」は何のためにあるのでしょうか。人間として生きることを基本において、そのうえで私らしく生を全うするとはどういうことかを考えてみましょう。


 いくつかの観点からお話しします。


 まず、なぜ人間に五つの特性があるのでしょうか。「個」という観点から見たとき、動物と違うのは何でしょうか。


 動物の生存理由は「種の保存」だと言われます。そして、たぶんそれが最大のレーゾン・デートルだと思います。つまり、彼ら一個一個の存在は肉体的存在としては子どもをつくって種を存続させていくことに存在理由があり、それが彼らの使命であり、それ以上のものは考えにくいのです。ただ肉体的動物として生涯を過ごすなかで、彼らの「魂」もその経験から必ずいくらかの成長はあるはずです。


 一方、人間には良くなるアタマがあります。創ることができます。悟ることができます。人間も種の保存にしか「個人や個体としての存在理由」がないとするならば、わざわざそんな特性を付加する必要はないのです。


 なぜ、良くなるアタマがあるのでしょうか、創る才能が与えられているのでしょうか、悟れる存在なのでしょうか、しかもそれが人間一人一人個別に付与されているのでしょうか? もし万人に同じ分量の知力や創造力や悟性しか共通配分されていないとするならば、万人同一の目的しかないと言えるでしょう。でも、そうではないのです。個々が違います。しかもアタマを良くしようする人はもっとアタマが良くなるように、芸術的感性を伸ばそうとする人はもっと感性が研ぎ澄まされるように、良心を追求する人はもっと良心が高まるようにと、個人の努力差にまかされています。


 となりますと、理論的に考えていけば、人間は個々に何かを創ったり、個々にアタマが良くなるようになっている、しかもそれは個々によって違い、個々の成長にまかされている、そしてそこに個人の存在理由が隠されているとするならば、誰もが人間として個人として一人一人何かをするために生きてきたのであり、そういった個々の特性を十二分に活かしていくのが人生だと考えるのが当然の帰結だと思います。


この世での生きる方向は定められている?


 こういったことを、飯田史彦さんは(退行催眠などによる)前世の記憶に関する欧米でのいくつもの学術的な研究結果から調べて、『生きがいの創造』(PHP研究所刊)を著しました。その第二章では、生まれる前にこの世での使命が定められているらしいとして、次のように書かれています。

「ホイットン博士やワイス博士をはじめとする退行催眠の研究で、いちばん興味深い成果は、肉体にやどっていない状態(中間生=あの世にいる状態)のあいだに、魂が自分自身で、次の人生を計画するというしくみがわかったことです。


 被験者たちは、指導役の魂たち(光の存在)の前で終えてきた人生を振り返って反省したのち、彼ら(彼らといっても、性別は感じられないそうです)の助言を参考にしながら、自分で次の生まれ変わりの人生計画を立てたことを思い出します。


 この時、何度もの人生を通じて太いきずなを築き上げてきた、ほかの魂たち(ソウルメイト)と相談しながら、次の人生を計画することが多いこともわかっています。この相談の時、物質界での再会のチャンスをのがさないよう、たがいの誕生の時と場所をきちんと打ち合わせておかなければなりません(中略)。


 ただし、生まれる前に立てた計画は、かならずしも、理想的なシナリオどおりに実行されるとはかぎりません。あの世で立てる計画は、いわば下絵のようなものであり、実際にこの世に生まれてくると、物質界のさまざまな制約や、自分でしかけておいた数々の試練がおそってくるため、理想的な下絵のとおりに絵を描くことは難しいのです。その結果、悪い方へ悪い方へと選択肢を選んで、自分がしかけておいた試練に負けてしまい、もっとも望ましくないシナリオを選んでしまうこともあるわけです」


 この世での自分の役割を、自分の魂が既にあの世で決めてこの世に生まれてくるという話は、信じられないという方も多くいらっしゃるとは思いますが、あながち一〇〇パーセント否定することはできないようです。というのは、それら学術的研究は欧米を中心に盛んで、実際に大学の研究機関でいくつもの研究結果が発表されています。また、あの世の研究などをしている、きわめて真面目で知的レベルの高い人も実例を元に同じようなことを言っています。そのこともあわせて考えると、信じる信じないは別にして、そういうものかもしれないと思っていてもよさそうです。


 それは、例えば双子が同じように生まれ育ってきたのに、すでに小さいときから、個性もやりたいことも違うのはなぜなのか、と考えてみるのもいいでしょう。双子と言えども一人一人の人間、もし、あらかじめ違う役割をもって生まれてきたとするならば、性格も違えばやりたいことも違うのは当然となります。個人というものは、細胞やONとなる遺伝子からして一人一人違うということ、そして人間の特性は、その人なりに創ったり、悟ったり、アタマが良くなったりするということを考えると、人はどうやら一人一人何かをするために生まれてきた、そのために個性というか特性というか、違いがあるのだと考えたほうがよさそうだと言えるのです。


 そして、あなた自身も「何かをするために生まれてきたあなた」なのです。それをいかに正しく見つけるかが、自分観の構築の第一歩なのです。


自分の天命を見つけるのが、人生前半の旅


 では、自分の役割というものは、すぐに見つかるものでしょうか。やはり、自分の役割を見つけるためにも、勉強や経験というものがあり、そういった活動を通じて、自分に内在するものを知るのだと思います。だからこそ、人間のアタマはどんどん良くなる特性があり、正しい人間観に基づいて生きれば、ついには自分の天命のようなものを自覚するようになると思うのです。


 そう考えますと、人生の前半、一般的に言って二十代から三十代までの若い間は、自分はほんとうは何をやりたいのか、何をやることが天命かを知る旅。そして早い人で三十代、遅い人で五十代前半からの人生の後半は、そのやりたいことをまず知り、そしてやり遂げ、高める旅、天命を全うする旅と考えていいのではないでしょうか。


 では、まだ天命に気付いていない若い人たちはどうすればいいのでしょうか。


 私は、より多くの人と会い、より多くの知識を吸収して、まだ見知らぬ自分に気付いたり、自分の特性を磨き高めていくことがまず第一だと思います。その際に、決して忘れてはならないことは、「リスクと責任をもった生き方」と「良心と自然の声に従った生き方」です。この二つの生き方をしないと、いくら多くの人と会い、知識を吸収しても、なかなか自分の血となり肉とならないからです。また、反人間的な生き方では、どんどんツキがなくなって、自分の命を運ぶことができなくなってしまうからです。


自分を耕すためにも師匠を見つけよう


 このことで思い出すのが、より多くの人と会うこと、それも、より優れたトップや、これぞと思う師匠に出会うまで出会いを続けることです。


 明治維新に活躍し日本を近代国家に導いていった人の多くは、吉田松陰の門下生です。それだけ吉田松陰が素晴らしかったということで、たぶん彼は人間の才能を開かせる天才だったと思えますが、彼の門下生からすれば松陰という師匠を得たことが何よりも自分の人生を切り拓くチャンスであったことでしょう。


 同じことは、佐久間象山門下で松陰の兄弟子である小林虎三郎にも言えます。虎三郎は後に維新逆賊の藩である長岡藩に学校を創って、結果的には維新後、人材を多く長岡から輩出させています。私は彼の足跡を『この一粒の「知恵の種」』(三笠書房刊)に書きましたが、その本を読んでいただくと、長岡の青年たちが虎三郎という人生の師匠に出会ったがゆえに、彼らがその後の日本に羽ばたいていったことがよくわかっていただけると思います。

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