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そこそこやるか、そこまでやるか(毎日新聞出版) パナソニック専務から高校野球監督になった男のリーダー論
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ことばで紡ぐ「育て、育てられ」

『そこそこやるか、そこまでやるか(毎日新聞出版) パナソニック専務から高校野球監督になった男のリーダー論』
[著]鍛治舍巧 [発行]PHP研究所


読了目安時間:5分
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 悩み、疲れ果てた。胸が張り裂けそうになり立ちすくんだ。そんな時、恩師の核心を突くことばで、一気に視界が開け救われる。そんなことが何度もあった。


 いつしか立場が、導く側になることも多くなった。部下や選手が悩み、もがき苦しんでいる。そんな時、今、この人に投げかけるのに、最もふさわしいことばは……。


 そう思い続けた。


 人は、ことばに触発され、感動し、それを糧に行動に移す。人生の大きな転機に的確なひと言を、その人に伝えられたとしたら、それは至福の(とき)だ。


 高校時代、監督からいただいたことばがある。


 母校、県立岐阜商業高校野球部は、1969(昭和44)年、春のセンバツでベスト8まで勝ち進んだ。2回戦の比叡山高校、相手投手は、後にドラフト2位で大洋ホエールズに入団した()(しば)(しげ)(くに)さんだった。間柴さんはその後、日本ハムファイターズで戦後初の勝率10割を達成した名投手だ。


 2対1と緊迫した中盤六回。ネクストバッターズサークルにいた私を呼び戻し、日下(くさか)()(まさ)(のり)監督はこう言った。

「手を出せ!」「手を見てみろ」


 私の手は、人差し指の下から小指の下、手首近くまで厚いマメが、連なっていた。

「これだけ振り込んで、打てないわけがないだろう」「来た球を打て!」


 高校野球は、テンポが速い。急いで戻り、バッターボックスに入った。

「来た球を打て」か……。足場を固め構えると、インコース高めに速球が来た。


 無心でバットを振った。打球は「ガシッ」という鈍い音とともに大きな弧を描いてライトラッキーゾーンに吸い込まれていった。


 春のセンバツ甲子園通算100号ホームラン。


 大会を代表する屈指の左投手に対し、そこまで私は2三振だった。余計なことは考えるな。積極的に打っていけ! 日下部監督のそんな思いは「来た球を打て」という極めてシンプルなことばに凝縮された。この甲子園でのホームランが、私の人生を根こそぎ変える転機となった。



 時は移り2002(平成14)年。私が監督をしていた枚方ボーイズ(大阪)は中学硬式野球日本一を決める全日本中学野球選手権大会(ジャイアンツカップ)決勝に勝ち進んだ。


 東京ドームでの決勝、大詰め最終七回。枚方ボーイズは、中本牧リトルシニア(横浜)に2対3と劣勢だった。2死二、三塁。打てば逆転、凡退ならゲームセットの緊迫した場面。バッターは、1番キャプテン前田。


 彼は、人一倍責任感が強く、多感だった。感情のコントロールができず、肩を大きく上下させ、泣いていた。

「ここで、このまま打たせたら悔いが残る」。私は、そう思った。


 タイムをかけ、前田を呼び寄せ、打ち震える肩を抱いて、ことばをかけた。

「泣いてちゃ、ボールが見えんだろう」「ここで打ったら、本当のスーパースターだぞ」


 打席に戻った前田は、大きく深呼吸。


 そして初球、鋭く振り抜いた。打球は、勢いよく東京ドームレフトスタンドに飛び込んだ。起死回生の逆転スリーラン。


 ベンチも応援席の保護者・選手も泣き崩れた。全リーグの代表チームが集う中学硬式野球真の頂点、ジャイアンツカップ優勝に感極まった。


 枚方ボーイズは、この直前、夏のボーイズリーグ全国大会にも勝ち初の日本一。この時前田は、調子を大きく崩していた。大会通じてヒットはわずか2本。しかし、そのうち、1本が準決勝1対0の試合で打った貴重なタイムリーヒットだった。前田は、負けず嫌いでチームの勝利に反して悔しさのあまり1人だけ落ち込んでいた。ミーティングでは「キャプテンは、みんなが打てない時に打つ。それをスーパースターと言うんだぞ」と持ち上げた。その裏には、「キャプテンのキミが、自分の絶不調を気に病んでチームの雰囲気を壊すな」との戒めがあった。それは前田が、いちばん分かっていた。


 ギリギリの場面でかけた「ここで打ったら、本当のスーパースターだぞ」は、前田だけが分かる、こころに響くことばだったようだ。「あのことばで、泣いてる場合じゃないと、こころのスイッチが入った」。後々、人づてにそう聞いた。


 以降の枚方ボーイズは、堰を切ったように快進撃を重ねた。私が秀岳館高校野球部監督となり、チームを後にする2014(平成26)年春までの12年間で、春・夏ボーイズリーグ全国大会並びにジャイアンツカップで日本一を12回達成。年3度36回ある日本一のチャンスのうち、3分の1の優勝をものにする、中学硬式野球史上最強チームと呼ばれる存在となった。



 私の人生の中での「育て、育てられ」は、ことばで紡がれたものだ。まさしく、私のこれまでの歩みは、こころに沁み入る、恩師のことばとともにあった。


 何度か「本を出しませんか」とお誘いを受けた。その度にお断りした。自分史のような本は気恥ずかしい。昨年8月、秀岳館高校野球部監督を退任してから、さらに頻度が高まった。頑なにすべてお断りしてきた。しかし今回のご提案は、ことばを主にした本にしたいというお話。私は、ことばを大切に生きてきた。それは面白いと思った。


 ことばは、人を動かし、組織を動かし、自ら動くきっかけにもなり得る。


 思い悩み、判断に迷われた時、拙著の中に、たとえ一つでも解決に繋がる糸口となることばを見いだしていただければ、これに勝る喜びはない。



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