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(2021/11/26 追記)

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生活保護vsワーキングプア 若者に広がる貧困
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政治・社会
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第五章 若者が生活保護を受ける

『生活保護vsワーキングプア 若者に広がる貧困』
[著]大山典宏 [発行]PHP研究所


読了目安時間:51分
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 ここに古ぼけた眼鏡があります。

 使い始めてから五十年が経ち、レンズは曇り、あちこちにヒビが入っています。レンズを通して見る風景は見えにくく、ぼやけています。しかし、眼鏡の使用主は毎日使っているため、そのレンズから見える風景が(ゆが)んでいることに気づきません。そのため、使用主にとって、世の中は悪意に満ちているように見えるといいます。

 これからご紹介する人たちをこの眼鏡を通してみると、どのように映るのでしょうか。

 一人目の三十代の女性は、夫と離婚してすぐに生活保護を利用するようになりました。夫は犯罪者です。夫は職を失い、収入の糧を失いました。女性はある支援者団体の協力を得て、生活保護の申請を行いました。彼女は、「あの支援者団体がなければ、私は生活保護を利用できなかったでしょう」と言います。女性は今も生活保護を利用し続けています。

 二人目の四十代の男性は、三十代の数年間をうつ病の妻と一緒に自宅でひきこもって暮らしていました。仕事をせずに貯金を食いつぶす生活を続けますが、やがて生活は行き詰まります。自殺により妻を亡くした彼は、大家さんの勧めで生活保護を申請します。「生活保護の申請が通らなければ、ぼくはホームレスになります」と言う彼に、福祉事務所は生活保護の支給を認めました。彼の唯一の趣味はインターネット。今も自宅にひきこもる生活を続けています。

 三人目の二十代の女性は、中学生の頃からリストカットを繰り返し、大量服薬による自殺未遂もたびたび経験します。二十代の初めには生活保護を申請、同時期に出会い系サイトで知り合った男性と交際を始めます。すぐに深い交際をするようになり、男性はたびたび女性宅に泊まるようになります。しかし、女性の病状は徐々に悪化。入院先の病院でもトラブルを起こし、強制退院させられることになります。

 四人目の三十代の女性は、五人の子どもを抱えています。夫の暴力から逃れるために自宅を出てすぐに行政のシェルターを利用しますが、シェルターに入れなかった息子はほとんど自宅に戻らず、夜間、繁華街を放浪するような生活を続けていました。女性は息子の件で呼び出された児童相談所で、担当者に「今は仕事を優先したいので、次回の面接は当面先にしてほしい」と言いました。



 「偏見」という眼鏡

 眼鏡の名を「偏見」といいます。

 皆さんは、眼鏡を通して見た彼らを、どのようなイメージを持って(とら)えたでしょうか。おそらく、あまりいい印象は受けなかっただろうと想像します。

 インタビューに答えてくれたのは、二十代から四十代初めの人たちです。彼らは、皆、生活保護の利用者です。拡大する貧困の波をもろに受けた人たちであり、「生活保護=悪」のイメージに苦しみ続けている人たちです。また、窓口で自己責任を追及される水際作戦の被害者でもあります。彼らは時に「怠け者」と後ろ指を指され、「なぜあんな人が生活保護を受けているのか?」と非難の対象にされます。「もっと困っている人がいるはずなのに」「努力が足りないのではないか」「税金の無駄遣いだ」、このような深く心を傷つける心ない言葉を投げかけられることもあるかもしれません。

 彼らが好意的に報道に取り上げられたことは、今までほとんどありませんでした。インタビューを受けたなかの一人は、「ぼくたちの声を届けてくれる人は、いるのでしょうか」とため息をつきました。私は実際に彼らに会って話を聞くなかで、何度も自分が抱えていた偏見に気づかされました。「偏見」という眼鏡をかけていたのは、私自身だったのです。

 読者の皆さんに彼らの声を届けようと思ったときに、どのように伝えれば、彼らのありのままを伝えられるのだろうかと悩みました。彼らの立場に立った生活保護の報道の多くは、「どれだけ彼が困っているか」「どれだけ役所にひどい扱いをされたか」が中心になっています。しかし、彼らの声を伝えようと思ったときに、それでは彼らの本当の思いは伝わらないと考えました。私は今までの報道ではこぼれ落ちてしまうような、彼らのこれまでの人生や、なにげないしぐさ、何に価値を置くかといった当たり前のことを伝えたいと感じました。ですから、インタビューには最低限の加工をほどこしましたが、なるべく彼ら自身の生の声がそのまま伝わるように心がけました。

 彼らがどうして生活保護を利用することになったのか、今の生活はどのようなものなのか、どのようなことを考えながら日々を過ごしているのか。生活保護を利用する人たちの声に、耳をすませてください。


 
「介護福祉士の資格を取って社会に貢献したい」
加藤みゆきさん(仮名・三十八歳)

 加藤さんは、二〇〇一年の夏から生活保護を利用しています。きっかけは、夫が窃盗事件を起こして逮捕されたことでした。将来の不安からうつ病が悪化して眠れない日々、それでも仕事は休めない。ギリギリの精神状態で夫を待ち続けた加藤さんに、釈放されて帰ってきた夫から投げかけられたのは、思いもかけない言葉でした。



 きっかけは夫の逮捕

 初めて警察から連絡を受けたときのことを、加藤さんはこう語りました。
「職場に警察から電話があって、そのときは『主人が事件に巻き込まれた』という表現でした。何があったんだろうと動転してしまって、上司に『主人が大変なことになったらしい』と話して、仕事を抜けさせてもらいました。自宅に帰るとすぐに六、七人の警察官がいらっしゃって、『家宅捜索をしたい』と言われました。そのまま部屋中をひっくり返されて。

 その日は、一応、主人が帰ってきたのですが、とても事情を聞ける感じではありません。『家を探しても何も出てこないのに』とつぶやいていました。結局、窃盗ということがわかりました。働いていた家電量販店の商品、ビデオカメラを七台、古物商に横流ししていたのです」

 加藤さんの夫は、レーシングカートが趣味で、他にも無計画にお金を使う人でした。加藤さんが携帯電話の販売会社で契約社員として働いていたこともあり、家には一切お金を入れなかったといいます。「妻として抗議はしなかったのですか」とたずねると、「仕方のないことですから」とさらりと受け流されてしまいました。

 二人の出会いは、携帯電話のメーリングリストでした。彼は札幌在住、加藤さんは当時東京に住んでいましたが、帰省してきた彼が出席したオフ会で知り合いました。「人望があり、仲間を大切にするタイプ」の夫に()かれた加藤さんは、自分から告白したといいます。交際期間はわずか二カ月。結婚と同時に加藤さんは札幌に移り、新婚生活を始めました。初めての土地で知っている人は夫しかいない。幸せだけれど、不安定な生活。事件は、結婚からようやく一年が過ぎようかという頃のことでした。

 加藤さんは結婚前から、職場の不倫騒動やリストラの影響でうつ病を患っていました。家宅捜索のあと、ほどなくして、夫は拘留されることになりました。釈放されるまでの二カ月半、加藤さんは不安から不眠症になってしまいます。「とても仕事ができる状態ではなかったでしょう」という問いかけに、加藤さんは「仕事はずっと続けていた」と平然と答えました。



 家族は助けてくれない

 家族は頼りにできなかったのでしょうか。加藤さんにそのことをたずねると、意外な答えが返ってきました。
「父は医者、母は看護婦(現在の看護師)をしていました」

 私も十年近く生活保護の相談を受けてきましたが、父親が医者というのは初耳です。思わず身を乗り出して詳しく事情を聞くと、「昔で言う『めかけ』で、父は別に家庭を持っていました」とのことです。

 内縁とはいえ、加藤さんの実家は裕福だったようです。加藤さんは小学校から私立に入学し、そのまま高校まで同じ系列の学校に通いました。勉強が得意な優等生で、学級委員を任されることもあったといいます。大学で国文学を専攻し、卒業論文は万葉集の柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)を選びました。一見すると順風満帆に見える生活。しかし、内実は大きく違っていました。
「母は私が二十歳のときに、父とは別の男性と結婚し、妹と弟も、それぞれ家庭を持っていました。私が結婚したときには、家族全体がバラバラになっていたんです」

 夫の逮捕によって大きく崩れた生活――加藤さんは東京に住む親族に連絡を取りましたが、その返事は「力にはなれない」。結局、警察官をしていた夫のお兄さんの尽力もあり、弁済金を払うことで事件は解決しましたが、夫が釈放されたときには加藤さんの心身はボロボロになっていました。



 働けないなら出て行け!

 釈放はされたものの、すでに夫との信頼関係は崩壊していました。うつ病の影響で思うように動かない体。つらい彼女に追い討ちをかけるような事件が起きます。
「ある日、タンスの引き出しを開けたら、離婚届が入っていたんです。夫の記載欄にはすでに署名捺印(なついん)がされていました。『どうして離婚届なんて用意したの』と問いただしたら、『お前の病気がそんなに悪いなんて思わなかった。働けないなら出て行け! 生活保護でも受ければいい』と言われました」

 困った加藤さんは、主治医に相談しました。主治医は弁護士を紹介し、弁護士は民間の立場で幅広く生活相談に応じている「生活と健康を守る会」を紹介しました。加藤さんは「生活と健康を守る会」の会員に付き添われて福祉事務所を訪問し、生活保護の申請を行いました。
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