「美味しい話には裏がある」
巷では怪しいビジネスの話が溢れている。特にこれくらいの不況になると詐欺まがいの事件も多く、結局儲かるのは詐欺師だけだということになりかねない。火事場泥棒という言葉があるが、こういう不況時に相手を騙してお金を儲けるというのは、本当にあくどいと思う。それでも、欲をかいてその話にひっかかる人間がいるからこそ、詐欺は成立する。
よく「美味しい話には裏がある」と言う。とはいえ「本当に美味しい話も存在する」というのも事実だろう。つまり、大切なのはその話が本当に美味しいかどうかを確かめられる判断力である。そこで、たとえばこういう「話」があるとしたら、読者はどう判断するだろうか?
在庫リスクは一切なし、つまり在庫は陳腐化しないしなんのコストも発生しない。

販売後の
返品率も極度に低く、返品の際にも手間がかかることはない。(購入者は一週間の間に返品をするかどうか決めることができ、理由なく返品できる)
取引先は超一流企業で債権回収時のリスクもなし。(支払い条件は四五〜六〇日後)
商品は即時に世界一〇〇カ国以上で販売可能。(ただし、言語による制限はある)

商品は棚に
半永久的に陳列され、登録商品の数には制限がない。

商品はアイデア次第で
いくらでも作成可能。

一度陳列した商品についての
メンテナンスは一切不要。

各商品の
売価は枠内で自由に設定ができ、売れたら売価に対して一定の(たとえば七〇%)の収益があがる。

商品はその気になれば一時間で
自分一人で作成可能。
販売はオンライン。つまり寝ている間にもお金が入ってくる。

理論上では、前記

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の条件を満たしつつ、年間で
億単位の売上を発生させることも可能!
製品寿命や在庫リスクがつきまとう製造業が嫌でサービス業に転じた筆者でなくとも、こんなビジネスモデルがあれば誰でもすぐ飛びつくのは間違いない。世界が経済不況に喘ぐさなかにおいて、まさに夢みたいな話である。
が、前記はすべて実現しうる本当の話で、これこそまさに電子出版(アマゾンの「Kindle Store」)が実現させた世界なのだ。もちろん本当に売れるものをつくるためには努力が必要である。しかし、それはどのビジネスをするにしても同じことなので、誰もが願うのは最もいい条件でビジネスをしたいということであろう。
この願いを、実はアマゾンやアップル、そして多くの電子出版に携わるプレイヤーが実現させようとしているのだ。その意味で電子出版というのは、一種のマジックである。ただし、前述したように「美味しい話には裏がある」わけだから、ここは電子出版について正しく判断できる力がどうしても必要となる。
そこで本章では、すでに語り尽くされているかもしれないが、電子出版のポイントについて筆者なりに、改めて解説していきたい。
「郵便」と「電子メール」の違い
まずは「電子」と「紙」の違いについてもう一度整理しておく必要があると思う。何をいまさら、という声が聞こえてきそうだが、筆者は多くの人がこの根本的な違いにまだまだ気づいていないと思うのだ。
失礼を承知で、筆者はこういう人々を「電子出版バカ」と呼んでいる。この「電子出版バカ」には、当然年代の壁というものが存在し、やはり年配者ともなるといまだに「紙のほうがいい。紙でなければ本ではない」という方が多い。しかし、電子書籍と、紙書籍はデバイスが紙と電子という違いだけではなく、もっと根本的な違いがあり、両者は別物と考えたほうがいいのである。
ここでいちばんわかりやすい例が二つある。それは「郵便」と「電子メール」、そして「固定電話」と「携帯電話」の違いである。これだけ言って、「なるほど!」と思える方はセンスがある。そうでなければ、ぜひ続きの話をじっくりと読んで自身で考えていただきたい。
読者の多くは二〇歳以上だと思うので、ぜひインターネット以前の時代に遡って考えていただきたい。誰かがあなたの前に来て、「電子メール」なるものを説明したとする。それにあなたは一体どう答えるだろうか?
限られたイマジネーションのなかで考えられることはいくつかあっても、ほとんど実際に起こった電子メールの革命には当たらないだろう。なぜなら郵便が明らかに物理的であるのに対して、電子メールは視覚的には質量をもたない。いわば存在している次元が違うのである。
この違いが、郵便と電子メールをまったく非なるものにした。だいたい「切手」も「封筒」も要らないし、送受信者共に(地理的な)住所をもつ必要がない。こんなことを、電子メールを見たことがない人が考えつくはずがないのだ。それでもなんとか知恵を凝らして考えようとする多くの人がぶつかるのが俗にいう「バカの壁」である。
もう一度言おう。「いくら考えてもわからないことを考える」ことほど無駄なことはない。また、もちろんそんな状態であるにも関わらず、その考えで実際になにかを経験している他人に対して、自分の見解を述べることも大きく間違っている。実際、いまでこそ状況は違ってきていると思うが、二〇一〇年の前半に日本で電子出版について声を大にして語っていた人の多くは、実際にKindleを所有していなかったり、触ったこともなかった人たちだったのではないか。
実際にアメリカで日本に先駆けてKindle Storeで出版してみて、アマゾンと丁々発止のやり取りを繰り広げたことのある人などほとんどいない。そういう似非専門家の言うことには現実的な視点が欠落していることが多い。
普通に考えたらわかることだが、これはこの議論が「次元を超えた二つの異なる物」を比較しているから当てはまることであり、そうでなければ過去の経験をもとにしているのだから、勘違いする人がいても不思議ではない。