『体と心をととのえる 深呼吸のレッスン』
[著]森田愛子
[発行]PHP研究所
呼吸を習ってこなかったわたしたち
わたしは今まで、たくさん人の体を触り、呼吸を見てきました。肩こり、腰痛、冷え性、生理痛などの慢性不調に悩む人、妊娠中や産後の体調の変化に戸惑う人、また難病に苦しむ人の体と呼吸も見てきました。
その中で気づいたのは、不調がひどいほどに、呼吸が乱れているという事実です。けれど、ほとんどの方はその深い意味に気づかず、放っておいてしまっています。
考えてみれば、わたしたちは、どうすれば体を傷めないですむか、どうすれば体の自然治癒力を働かせることができるのか、という教育を受けてきていません。これまで呼吸について学んできたことも、「酸素と二酸化炭素の交換」というくらいではないでしょうか。わたし自身も、以前は呼吸に注目することで体がこんなにもラクになるなんて、思いもよらなかったのです。あまりに身近で、当たり前の存在だからこそ、なんとなく軽く見てしまう。わたしたちにとって呼吸とは、できて当然のもので、わざわざ考える必要のないものだったのだと思います。
でも、その当たり前のものの質を上げることで、すべてが変わるといっていいほど大きな変化が生まれます。体の循環がよくなり、さまざまな不調が少しずつ気にならなくなっていきます。
難病を患い、わらにもすがる思いで来院された方からは、こんな驚きの声が寄せられました。
「何をやっても治らなかった症状が、自分でも驚くほど改善しました!」
わたしは、呼吸を深くするお手伝いをしただけです。呼吸が巡りだすことによって、本来備わっている自然治癒力が働きだし、そして心身ともに落ち着きを取り戻して、つらい症状がやわらいでいったのです。
これまで習ってこなかった体のこと、正しい呼吸のことを、今こそ学び直したいと思います。その先には、自分の体と調和する穏やかな日々が待っています。どんなに忙しくても、やることが山積みの生活の中でも、平穏な体、落ち着きのある心をもって過ごすことができるようになります。
ふだんの呼吸を見直し、そしてふだんの呼吸を鍛えるレッスンを通じて、心身を少しずつラクに、居心地のよいものへと変えていきましょう。
この章では、ふだんの呼吸の正しい形、つまり、自分に合った「きほんの呼吸」を見つけましょう。
深呼吸と大呼吸は別のもの
深呼吸というと、ラジオ体操の最後に行う「大きく息を吸ってー、吐いてー」という呼吸をイメージする方が多いでしょう。けれど、本当の意味での深呼吸は、あのような吸い方ではありません。その言葉の通り、大きくというより深く息を吸い、深く息を吐くことなのです。
まずは「深呼吸」についての思い込みをリセットしましょう。
鏡の前に立って、深呼吸をしてみます。深呼吸をしているとき、体はどんなふうに動いているでしょうか。
胸が大きくふくらみ、上半身がぐーっとのけぞっていませんか。
あごが上に上がり、首に力が入っていませんか。
両腕が、脇から離れていませんか。
息を吸い込んだときに、お尻をキュッとすぼめて、脚や腕をピーンと突っ張らせていませんか。
もし、鏡の中のあなたがこんな動きをしていたとしたら、それは実は深呼吸ではなく、「大呼吸」です。確かに大きく吸ってはいます。けれどその息は、体の深部までは入っていません。
では、今度はお尻の力を抜いて、ひざを少しゆるめて、肩をちょっと内側に入れるようにして立ってみます。そのままもう一度、胸ではなく背中に息を入れるように吸ってみましょう。背中がのけぞらず、あごが上がらず、また腕が脇から離れていかないところまでゆっくりと息を吸い込みます。
さきほどは胸をいっぱいに満たしていた息が、今回は体の中心に深く入っているような、そんな感覚にならないでしょうか。
体をそらせるような大きな呼吸と、体を内巻きにゆるめて行う呼吸。肩や首が緊張しなかったのはどちらでしょうか。圧迫感がなく、体がラクだったのは?
比べてみると、大呼吸のときには、首やあごや手足に力が入って、体が緊張していることがわかると思います。たくさん息を吸っているようでいながら、実は胸の表面や首のあたりに息がとどまり、体が上にせり上がってくるような感覚になるでしょう。後者の呼吸に比べると、大きいけれど浅い、表面的な呼吸であることが感じられます。
何度もこの呼吸をくり返すとしたら、体はとても疲れることでしょう。首筋が張るので、ぐるりと首を回してストレッチしたくなるかもしれません。