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(2021/11/26 追記)

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競争優位を実現するファイブ・ウェイ・ポジショニング戦略
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ビジネス
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CHAPTER4 サービスで市場を支配する

『競争優位を実現するファイブ・ウェイ・ポジショニング戦略』
[著]フレッド・クロフォード [著] ライアン・マシューズ [監修]星野佳路 [発行]イースト・プレス


読了目安時間:1時間1分
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サービスは人がすべて



 それは、デトロイトを知る人にはおなじみの、たまらなく蒸し暑い7月の午後だった。州間高速道路94号線の西行きの車線は、平日の晴れた午後には、脂っこいものが大好きな80歳の老人の血流くらいには流れているものなのだが、その日はとうとう止まってしまった。どういうわけかミシガン州警察が、高速閉鎖の緊急訓練を始めたらしい。そのうち雨も降りだして、視界が悪くなり、車はますます進まなくなった。のろのろと空港を目指す何百人もの人々が、1台でも追い越そうと争っていた。


 その日、多くの人がデトロイト国際空港に遅れて着いた。座席番号1Cの男性も、おそらくその1人だったのだろう。機材到着も遅れていたから、遅く着いた人たちも、アトランタ行きの飛行機に間に合った。もちろん、この便が飛べば、の話だったが。


 飛行機はようやく乗客を乗せ始めたが、視界から雲が消えても、新たな暗雲が機内に漂い始めていた。雨が降ったあとも、蒸し暑さは相変わらずであった。離陸が遅れていなければ、30分前に飛行機に置いていかれていたはずの乗客が、今度は「早く飛べ!」と航空会社に悪態をつき始めた。


 ミスター1Cは、デトロイト発のファーストクラスの乗客としては、致命的なミスを犯した。搭乗開始の5分後に現れたのだ。もう手荷物入れはいっぱいで、ミスター1Cの荷物が持ち主と一緒に、ファーストクラスでの旅を楽しめる見込みはなくなっていた。それでも彼は「ファーストクラスのチケットを持っているんだ」と言って、荷物がぎっしり詰まった頭上の手荷物入れを次々と開けて回った。

「申し訳ございませんが、お客さまのお席は最前列ですので、お荷物は足元に置けませんね。機内後部に置いていただくことになります」と、係員が言った。「それじゃあ、みんなが降りるのを待ってから、荷物を出さなきゃいけないじゃないか」とミスター1Cが言うと、「よろしければ、私がお預かりして入れてまいります」と、係員は言った。


 ミスター1Cは、東ヨーロッパの方言か何かだろうか、意味のわからない言葉を投げつけた。口調は楽しげにも聞こえたが、意味は明らかだった。「お客さま」と、係員は言った。「何をおっしゃったかは知りませんが、私にそんな口の利き方をなさらないでください」


 ミスター1Cはぶつくさ言いながら、ブルーの布リュックをどこへしまおうかと、エコノミー席をぶらぶらした。そしてファーストクラスの席に戻ると、うんざりした気分をわざわざ見せつけるために、座席に倒れ込んだ。ところが、すぐさまガバッと飛び起きると、一言叫んだ。今度ははっきりと聞き取れたが、ビジネス書にはとても書けないような言葉だ。それから、「ズボンが裂けた」とうなるように言った。たしかにそれは、裂けていた。


 座席のスプリングが1つ外れて、グリーンのマイクロファイバー素材の素敵なズボンに、見事な裂け目ができていた。ポケットのあたりからふくらはぎまで一気に。裂け目は、(知りたい人がいたかどうかは不明だが)ブリーフ派かトランクス派かという疑問にまで答えていた。「カスタマーサービスを呼べ。今すぐだ」と、ミスター1Cは叫んだ。ズボンの見苦しさに負けないくらい、聞き苦しい声に変わっていた。


 乗客は、一斉にため息をついた。ミスター1Cの望みがかなうとすれば、すでに1時間遅れの飛行機は、永遠に飛び立てないかもしれない。この会社のカスタマーサービスのひどさには定評があった。だが、10分もたたないうちに、指揮統制の(かがみ)のような人物が、第1ラウンドのゴングを聞いてコーナーから飛び出したマイク・タイソンのような勢いで、ファーストクラスに入ってきた。カスタマーサービスの担当者は、180センチ、100キロではきかないほど、たくましい女性だった。


 彼女はミスター1Cの上にそびえ立つと、にらむように彼を見下ろした。「お客さま、問題があると聞きましたが」と彼女ががなると、がなっていたはずの1Cの声は、震えるようなささやきに変わった。「ズボンが裂けたんだ」と1Cは、意地悪な継母に告げるような声を出した。「どこですか?」と、カスタマーサービスは問いただした。「見たいかい?」と1Cが話を合わせると、「もちろん見たくないわ」と、カスタマーサービスは言い返した。「どこが破れてるかなんて、どうでもいいの。どこで破いたか、って聞いているんです」

「座ったときに破れたんだよ」。今や反省の色もあらわな1Cが答えた。「じゃあ、機内ですね?」と、カスタマーサービスは言った。「ああ」と1C。「それでは、お力にはなれません。アトランタで苦情を言ってください」。「でも、ズボンが破れているんだよ」と、1Cはうめくような声を出した。

「でも、今申し上げましたでしょう? 私にできることはありませんわ。デトロイトのカスタマーサービスは、搭乗されたあとで起きたことには、一切関わりがないんです」。「でも、ズボンが破れているんだぞ」と1Cが繰り返すと、「お客さま、私の話、聞いてました? この飛行機はアトランタ行きです。ズボンは機内で破れたんですよね。ですから、苦情はアトランタで受けつけます」


 1Cは、フロアに目を落とし、口ごもりながら言った。「でも、納得いかないな。私に助けが必要なことくらい、わかるはずだ」。カスタマーサービスはすっくと仁王立ちし、1Cを頭の先からつま先までじろりとにらむと、歯切れよく、ゆっくりと言葉を選んで言った。「お客さま、もうご説明差し上げたかと思いますが、私は一介のカスタマーサービスです。私に一体何をお望みですか?」


 気の毒なミスター1Cがその時になってやっと気づいたように、サービスとは人がすべてだ。要するに、サービスという要素を何よりも明確に定義するのは、人と人とのやり取りなのだ。商品や価格と違って、サービスは生きものだ。イキイキと息づき、多くの場合、感情に左右される。サービスは、極めて個人的な形で経験されるので、企業が社員1人ひとりに意欲を持たせるために使う手法は、顧客がどんなサービスを受けるかに大きく影響を与える。


優れたサービスは、優れた社員から生まれる



 きちんと意欲を持たせれば、社員は大きな変化を生み出してくれる。コンチネンタル航空の例を見てみよう。同社は1990年代、人々をあっと言わせる方向転換を遂げた。1980年代後半に米国運輸省が航空会社の仕事ぶりを点数評価し始めたころ、コンチネンタル航空は、定時運航、荷物の紛失、乗り心地、欠航、カスタマーサービス全般、の各項目において、最下位にランクされていた。


 1994年、ゴードン・ベスーンが社長兼COOに就任したとき、コンチネンタル航空は、すっかり低迷していた。社員の士気は低く、採算性の低い航路を割り当てられ、顧客の不満の声も日々高まっていた。1994年にCEOにも就任したベスーンは、企業風土に関するルールを改め、社員同士の関係を改善し、顧客も株主も満足させることで、会社に再び活力をもたらした。


 世界的な調査・コンサルティング会社、JDパワーと「フリークエント・フライヤー」誌が行った、航空会社の乗客満足度調査において、コンチネンタルは、過去4年間のうち3年間、カスタマーサービスで第1位に輝いている。さらに、1999年には、「フォーチュン」誌が選ぶ、「アメリカで最も働きがいのある会社ベスト100」にもランクイン。同社のマイレージサービス「ワンパス」も、お得意さま向けプログラムの模範として、たびたび取り上げられている。


 一新された企業風土を説明するとき、ベスーンは好んでアメフトのたとえを使う。「そんなに複雑な話じゃないんです。11人の男が、ボールを持ってゴールラインを越えるのと同じ。要は戦略ですよ。なぜみんな得点できないのか? それは、11人の選手に、『よそのチームよりうまくプレーしたい』と思わせるすべを知らないからです。どうすれば4万8000人の社員に、『よい航空会社になりたい』と思わせられるでしょう? よい航空会社とはどんなものかを知っていることと、社員にそうなる意欲を持たせるすべを知っていることは違うのです」


 ベスーンによると、大切なのは、「成功」とは何かについて、全員の意見が一致していること。それがなければ、社員がさまざまな目標に向かって突っ走り、機能不全に陥ってしまい、結局、顧客が不満を抱くことになる。荷物係から発券係、パイロットに至るまで、あらゆるレベルの社員をサプライズ・ミーティングに参加させるベスーンは、チームワークと報酬の力を信じている。


 1995年以降、コンチネンタル航空は、定時運航の目標を達成するたびに、社員に月65ドルのボーナスを支給している。また、同社がほかの航空会社を抑えて1位を取るたびに、100ドルのボーナスが支給される。報酬プログラムへのこれまでの合計支出額は、約300万ドルに上っている。


 顧客サービスの向上に役立つアイデアは、社内のどの部門でも歓迎されている、とベスーンは言う。たとえば、メキシコで運航するアメリカの航空会社で第1位、中南米全体では第2位を占めるコンチネンタルは、こうした路線にはスペイン語を話す社員を配し、世界共通の袋入りピーナツの代わりに、地域の食べものを用意している。


 ベスーンは言う。「コンチネンタルは、多機能な企業です。パイロット、客室乗務員、空港のゲート係、乗客係、整備士、予約係など、みんなが協力して働くときに価値を放つ会社なんです。ビジネスをする際に、それを理解していなければ、失敗するでしょう。多くの人たちが失敗したのは、それがわかっていないからです」


 優れたサービスとは、顧客が求めるものを与えることだ、とベスーンは言う。「お客さまは、うちの損益計算書や1株当たり利益を見て、善し悪しを判断したりはしません。私たちは、いかにお客さまを、何のトラブルもなく、お望みの場所へ時間通りにお連れできるかで、評価されるのです」


 コンチネンタル航空の成功が示すように、企業が、サービスという要素で市場を支配したいなら、社員──そして、採用、雇用、報酬、評価、訓練といった社員に関わる要素──への投資が欠かせない。ただし投資をしても、サービスは、一貫して提供していくのが最も難しい要素と言える。理由は、企業が、サービスを行う人間に頼らざるを得ないからだ。どんな企業も、商品や価格をコントロールするように、人間をコントロールすることはできないのだ。


 人間には、調子のいい日も悪い日もある。しかも、周囲の状況に左右されやすい。人を取り巻く世界は、変化しやすく、感情に流されやすく、時に厄介な場所だ。だから、企業が社員に「いらっしゃいませ」「ありがとうございます」「よい1日を」と声に出すようにといくら教えたところで、社員がどんなふうにそれを口にし、顧客がどう感じるかまではコントロールできない。


 かつてないほど失業率が低く、熟練労働者が不足している今の市場で、サービス志向の企業を率いることは、たしかに難しいだろう。だが、たとえそうでも、懸命な努力と優れたリーダーシップ、そして、顧客対応を何より重んずる企業風土があれば、優れたサービスを実現することができる。

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