『消えるコトバ・消えないコトバ』
[著]外山滋比古
[発行]PHP研究所
ある町がおもしろかった。
有力な農家のあととり息子が、こともあろうに、フィリピンからお嫁さんを迎えるというのである。
どうして、日本人ではないのか。ことばもわからないだろうに、だいじょうぶか? と、心配する人が多かった。
お婿さんになる人の父親が心配し出した。
結婚披露には、しかるべき人の主賓のあいさつがなくてはならない。頼めるのはマチ一番の名士である歯科医である。
頼まれた歯科医は、引き受けはしたものの、外国人、しかも、フィリピンの花嫁を祝うことばがわからない。
考えてもラチがあかない。かねて、親しくしている、もとクランケの老人のところへ相談、というより知恵を借りに行った。
その老人は、もと大学で教えていたというが、変わりものである。しかし、この際、そんなことにこだわってはいられない。入れ知恵してもらわなくては……。
もと教師、すこしも騒がず、「いいことを教えましょう」と言って、話し出したのが、モモタロウのおとぎ話である。
歯科医は、モモタロウとどういうかかわりがあるのか、さっぱりわからないが、神妙に拝聴する。