『道徳の教科書 善く生きるための七十の話』
[著]渡邊毅
[発行]PHP研究所
古代ギリシアの偉大な哲学者ソクラテスは、人生について、「生きるということが大切なのではなく、善く生きるということが大切なのだ」と言っています。
ただ単に生きるだけなら、犬や馬にだってできます。しかし、善く生きようと考え、努力できるのは人間だけであり、また、人間の尊厳とは、本来そうした営みのうちにこそ宿る、というべきものなのでしょう。
では、「善く生きる」ためには、どんな努力をしていったらよいのでしょうか。そのよい手立てとして、歴史から学ぶという方法があります。
「世の中の 人のかがみと なる人の 多くいでなむ わが日の本に」と明治天皇が歌われたように、わが国の歴史には、「人のかがみ(手本)」になるような優れた生き方を示した人物が数多く出ました。
昔の歴史の本が、『大鏡』とか『今鏡』とか『吾妻鏡』というように「かがみ」を書名にしたものが多くあるのも、歴史とは、今を生きる人の「かがみ」であるという考え方があったからなのでしょう。
日本人の精神を高め、わが国にキリスト教を普及させるために努力した内村鑑三は、日本人の潔い生き方を知るために、『太平記』という歴史書を愛読したといわれています。
みなさんにも、生き方のお手本を示してくれる歴史や古典の書物を、ぜひたくさん読んでほしいと思います。そして、それによって、私たちの祖先が何を大切にし、何に情熱を傾け、何に自分の身をささげてきたかをくみとるのです。
でも、意志の弱い自分が、本当に「善く生きる」ことなんてできるだろうか、そんなふうに思う人がいるかもしれません。
しかし、吉田兼好(『徒然草』の作者)は、「嘘でもいいから、優れた人をまねしなさい。まねるだけで、その人は優れている」と言っています。
「善く生きる」ことへの道は、決して遠いものではありません。まずは、優れている人を素直にまねていくこと、これが「善く生きる」ことへの一番の近道なのです。
平成十五年四月二十八日
サンフランシスコ講和条約発効五十一年目の日に
渡邊 毅