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小村寿太郎とその時代
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歴史
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第一章 貧交行

『小村寿太郎とその時代』
[著]岡崎久彦 [発行]PHP研究所


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──(びん)(ぼう)を忘れ(こく)()ばかり考えていた(こく)(すい)(しゆ)()(しや)の信念



(かい)(せい)学校


 (めい)()()(しん)から(につ)(しん)戦争、条約改正に至る近代国家日本の外交を(にな)ったのが()()(むね)(みつ)ならば、大日本帝国の(そん)(ぼう)()した(にち)()戦争期の外交を担当したのは()(むら)寿(じゆ)()(ろう)であった。


 小村寿(じゆ)()(ろう)の生年は一八五五年、ペリー(らい)(こう)の二年後である。したがって陸奥宗光より十一歳年下である。


 変動の時代であるから、たった十年間の世代差は大きい。


 小村は十五歳までは徳川時代の(でん)(とう)(てき)な教育を受けた。九州の()()(はん)は五万石の小藩であるが、(ばく)(まつ)(たい)(じゆ)で陸奥も一時は()()したこともある(やす)()(そつ)(けん)を出した藩でもあり、立派な(はん)(こう)があった。小村は()(しよ)()(きよう)をはじめとする伝統的な()(てん)(きよう)(いく)を受け、その成績はつねに(さい)(ゆう)(しゆう)だった。また小村は少女のごとき()(がら)の美少年であり、体力、健康には恵まれなかったが、(げき)(けん)(けい)()では、普通の子供は二回の勝負で疲れてしまうが、小村は八回の勝負をしても平気だという頑張り屋だったという。


 (ほう)(けん)(せい)()の下でも、すでにエリートとしての将来が(しよく)(もく)されている少年であった。


 しかし身分は()()であり、(さむらい)としては、最低ではないが低い身分であった。昼間は武士の教育を受けたが、家では当時上級の武士から(けい)(べつ)されていた(さん)(じゆつ)を覚え、そろばんをもって歩いたという。


 また、(のう)(はん)()には()()のもつ農地で農作業に(じゆう)()したが、それを学校の級友たちに(ちよう)(しよう)されても()(かい)さなかったと、(こう)(じゆつ)する英語の自伝で述べている。勉強と(ひん)(こう)さえ他に(ひい)でていれば何も()じることはない、という自信と信念のあるそういう少年だったのであろう。



 当時、()()(はん)第一の人物といわれた()(ぐら)(しよ)(へい)は小村に目をかけ、一八六九年(明治二)に小村を長崎の英語塾に入れ、一八七〇年には東京の(だい)(がく)(なん)(こう)に入れることに成功した。


 大学南校は、幕府時代は(ばん)(しよ)調(しらべ)(しよ)つまり(よう)(がく)(けん)(きゆう)(じよ)であった。当時、(かん)(がく)(せん)(もん)(しよう)(へい)(こう)(だい)(がく)(とう)(こう)と称していたのに対して名づけられたものである。これが(かい)(せい)(がつ)(こう)となり、一八七七年(明治十)には東京大学となり、一八八六年(明治十九)には(てい)(こく)(だい)(がく)となって近代日本のエリート(よう)(せい)の中心となる。


 ()(しん)(とう)(しよ)は、大学南校も(さつ)(ちよう)(はん)(ばつ)などの有力者の()(てい)で占められていた。小倉処平はそのなかでも数少ない(しよう)(はん)出身者であったが、たちまち(とう)(かく)を現わし大学南校の(りよう)(ちよう)となり、(もん)()(しよう)の役人となって(がく)(せい)(かい)(かく)(しん)(げん)した。


 その結果、(じつ)()されたのが(こう)(しん)(せい)(せい)()である。全国三百余藩から、十万石以上の大藩三人、五万石以上の中藩二人、五万石以下の小藩一人ずつの割合で十五歳から二十歳までの各藩の(がく)(りよく)(ひん)(こう)ともに優秀の者を集めた。小村は小倉の(すい)(ばん)()()(はん)(こう)(しん)(せい)となり、また、そのなかからさらに五十名を選んで(きゆう)()(せい)とする制度ができると、それにも選ばれた。


 徳川時代を通じて、勉学によって身を立てるのが少年たちの(こころざし)であったが、陸奥の少年時代後半の短い期間の日本では、学問をするよりも志士として維新の(どう)(らん)に身を(とう)じたほうが出世のチャンスが大きかった時代であった。しかし、早くも世の中が落ち着くにつれて、再び勉学が将来を決定する時代が来たのである。小村は、その新しい世代の最初の卒業生である。


小村の(めい)()()(しん)(ろん)


 当時、開成学校で英語を教えていたグリフィスが(のこ)した日本関係文書のコレクションのなかに、小村が英文で書いた長文の()(じよ)(でん)があることがつい最近発見された。


 その(つづ)り、()(とう)(てん)(ぶん)(ぽう)の正確さは、グリフィスを(きよう)(たん)させるほどのものがあった。


 そもそも英語を学ぶにあたっては、小村は並み並みならぬ決断を要した。

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