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小村寿太郎とその時代
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歴史
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第六章 ロシアの満洲占領

『小村寿太郎とその時代』
[著]岡崎久彦 [発行]PHP研究所


読了目安時間:27分
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──ロシアの意図を考えればいずれ戦争は()けられない


(しん)(げき)するロシア軍

(まん)(しゆう)は、どうしてもブハラのようにする必要がある」


 これは(ほく)(しん)()(へん)(ぼつ)(ぱつ)したときにクロパトキン陸軍大臣がウイッテに語った言葉である。ブハラはヒバ(かん)(こく)やコーカンド汗国に(りん)(せつ)するアフガニスタンの国境の汗国であり、明治()(しん)の年一八六八年に首都サマルカンドを(せん)(りよう)され、一八八二年にロシア領となり、一九九一年のソ(れん)(ぽう)解体までロシアの主権下に置かれた地域である。



 もっとも、クロパトキン自らの回想のなかでは、もっと(おん)(けん)な表現をしている。またウイッテは原則として武力によらず、買収によって()()(やく)(ろう)(ちゆう)のものとしている()(こう)(しよう)を使って、平和的に満洲をロシアのものとしようとしていた。


 しかし、さきに述べたヒバ汗国、コーカンド汗国占領のロシアのやり方を見れば、そういう議論は物事の大きな流れから見れば()(よう)(まつ)(せつ)であろう。満洲に対するロシアの野望は明々白々である。


 ()()(だん)の乱──(だん)()または(けん)()の乱とも呼ばれる──が満洲に()(きゆう)してきたころ、ウイッテは(とう)()鉄道の守備隊の増強に熱中していた。当時守備隊はすでに(ほう)(へい)(ふく)んで一万一千名に上っていたが、ウイッテは(せい)()軍の進出を(よう)(せい)し、そして十ないし十五万の兵力があれば清国を(ふん)(さい)しうるであろうと述べていた。このあたりのことは、革命後にソ連で刊行された『満洲におけるロシアの利権外交史』でロマノフが(てい)(こく)主義批判の立場から正直に書いている。


 ここで北清事変を機として一九〇〇年七月九日、ロシア軍の満洲(しん)(げき)が命令された。


 七月末から八月にかけて(えつ)(きよう)したロシア軍は、八月二十六日にはチチハル、九月二十一日には(ちよう)(しゆん)、二十三日(きつ)(りん)、二十六日には(りよう)(よう)、十月一日には(ほう)(てん)を占領して満洲を制圧した。


 それよりさき、六月二十一日には清国がロシアも含めて列国に(せん)(せん)したのであるから、ロシアが満洲に出兵したのは列国の(てん)(しん)北京(ぺきん)出兵と同じことで、それ自体は非難さるべきことではない。問題はロシアが一度占領したものから(てつ)(ぺい)するだろうかということであった。



 いつものようにロシアは(えい)(きゆう)占領の意思のないことを表明した。九月一日、イズヴォルスキー駐日ロシア公使は(あお)()(しゆう)(ぞう)外相に対して、次のようなロシアの方針を文書で(しゆ)(こう)している。

これは必要やむをえずしてとった一時の()()であって、ロシアの利益のためにしているものではない。鉄道の安全が保証されれば、他国の(きよ)(どう)によって(さまた)げられないかぎりは、ロシアはその軍隊を清国の領土から(てつ)退(たい)させることを(おこた)らないであろう」


 しかし(ちゆう)()公使だった()(むら)寿(じゆ)()(ろう)は、早くも九月二十四日の電報で、「ロシアの当面の目的は鉄道の安全のためであろうが、結果としては、ロシアは完全かつ永久に満洲を管理することになるであろう」と観察して報告し、さらに十月十九日には前にもふれた長文の情勢判断電報で、「事件の落着後、形式的には正規兵を撤兵することはあるかもしれないが、事実上満洲はロシアの軍隊の下に占領されたのとまったく変らない(じよう)(きよう)となるであろう」と予想している。


 そしてこの時期に、小村は早くも、日露戦争の直前まで(げん)(ろう)たちがそれだけは日本の最後の(ゆず)れない点として考えていた(まん)(かん)(こう)(かん)(ろん)(すい)(しん)しようとした。


 すでに、ロシアが満洲に進撃した第一日である七月二十日に、小村はいまこそ日露両国は(かん)(こく)と満洲のそれぞれにフリーハンドをもつという勢力(はん)()(かく)(てい)を行うべきだと意見()(しん)し、十月二日には自ら、ウイッテを()(よう)先のヤルタに(おとず)れてそれを実現しようとしている。小村の考え方はロシアはああだこうだいってもどうせ満洲を取る気なのだから、むしろこの際ロシアが満洲を取るのを先まわりして認めてやることの(だい)(しよう)として韓国を確保しよう、ということであったのであろう。

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