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小村寿太郎とその時代
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歴史
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第十章 死 闘

『小村寿太郎とその時代』
[著]岡崎久彦 [発行]PHP研究所


読了目安時間:35分
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──(りよ)(じゆん)(こう)(こう)(りやく)戦は(にち)()戦争の最も()(つう)(じよ)()()だった


死を()した戦い


 戦争は日を追って血なまぐさくなっていく。


 守る側は石やセメントで固めて(ほう)(るい)をつくって立て(こも)り、野戦では(ざん)(ごう)()り、なかから小銃、機関銃で防戦する。攻めるほうは、(ほう)(げき)(てき)(るい)(くず)し、最後には敵の数十メートルぐらい近くまで()(ふく)前進し、あとは立ち上がって(とつ)(げき)する。当然その何割かは(てき)(だん)(たお)れるが、()(せい)はもともと(かく)()のうえであり、残りの何割かが敵塁に(おど)り込めればよい。そこでは(じゆう)(けん)同士の(はく)(へい)戦となる。敵も味方も死ぬ可能性は五分五分であろう。(だん)(まく)(おか)して、敵塁に少しでも多くの兵を送り込んだほうに勝つチャンスがある。また(はく)(へい)戦では命を捨てる気のあるほうが勝つチャンスが大きい。そして、白兵戦に勝ったほうが陣地を(だつ)(しゆ)するが、取られた側は、今度は(ぎやく)(しゆう)で同じことをして取り返すか、あらかじめそのように設計してある周辺の砲から取られた(じん)()(ほう)(だん)を浴びせて、(せん)(きよ)した敵を()ち殺してから取り返すか、である。



 これが(にち)()戦争の典型的な陸戦であった。そして、時は帝国主義時代のまっただなかであり、日露両軍の兵士とも愛国心に燃え、国家の(めい)()と自らの名誉のために死を()して戦った。もともと(たい)()(ゆう)(だい)なロシア人歩兵による集団(とつ)(げき)は、ロシア軍が伝統的に最も得意とする戦法であった。日本は当初は日清戦争の経験で(さん)(ぺい)と火力による戦術をとろうとしたが、ロシアの戦術に巻き込まれて(にく)(だん)(せん)で戦うほかはなくなった。その結果が、戦場いたるところで()り広げられた血みどろの肉弾戦となったのである。



 (りよう)(よう)の大会戦は、ロシア側二十二万五千人の大軍に対する日本側十三万四千人の攻撃で始まった。数の差からいって日本の側からの(こう)(せい)()(ぼう)のようであるが、日本側としてはほかに(せん)(たく)()がなかった。もともと、少しでも早く兵力を南満洲に送り込んで敵と決戦するのが基本的戦略であった。敵のほうが大軍とはいえ、一日(おく)れればそれだけもっと敵は増えてくる。ほうっておけば、十分な(ゆう)(せい)を確保した敵は南下して、旅順の包囲軍は(はさ)()ちされ、せっかく確保した(せん)(まん)国境地帯も(あや)うくなる。ここで(こう)(げき)するほかはないのである。客観的にいって、日本が頼るのは兵の勇戦のみだったといえるが、兵は期待どおりに戦った。


陸の(ぐん)(しん)(たちばな)中佐


 日本軍の配置は、第三軍は旅順(ほう)()中であったので陽戦には参加せず、第二軍と第四軍がロシア軍の南側の正面から攻撃し、(おう)(りよく)(こう)から進んできた第一軍が東側から(せま)る形であった。第二軍と第四軍は敵の正面から攻撃をかけたが、敵は(がん)(きよう)に抵抗して(いつ)(こう)に後退しない。このときの戦いで軍神となったのが(たちばな)(しゆう)()少佐(死後中佐)である。



 この戦闘の経過も、戦前(じん)(こう)(かい)(しや)した「(じよう)(とう)夜は()けて」で始まる軍歌「橘中佐」の記述がほぼ正確であるので、それに沿()って説明してみる。


わが(せい)(えい)の三軍(一、二、四の三軍の意であろう)(えう)(げき)せんと健気(けなげ)にも

思い定めし敵将が集めし兵は二十万

(ぼう)(ぎよ)至らぬくまもなく、決戦すとぞ聞えたる(第二節)


時は八月末つかた(総攻撃は八月二十日と決ったが豪雨のため八日延びた)わが(ちう)(りやく)は定まりて

総攻撃の命下り、三軍の意気天を()く……(第三節)


「敵の陣地の(ちゆう)(けん)ぞ、まず(しゆ)(ざん)()を乗つ取れ」と(首山に築いた堡塁がロシアの主力(じん)()だった)

三十日の夜深く、前進命令(たちま)ちに

下る三十四連隊、橘大隊一線に(第四節)



 敵の最も(けん)()な正面である首山にはじめから(いど)んだのは、()(ぼう)ともいえる作戦だった。軍歌の第五節から第八節までは、橘少佐が先頭に立って()()()りかざして敵の(ざん)(ごう)に躍り込み、(げき)(とう)の結果、(につ)(しよう)()をひるがえすが、敵はたちまちに逆襲してくるまでの状況を(びよう)(しや)している。


(ばん)(ざい)(せい)()()()(はた)、朝日に高くひるがへし

(やいば)(ぬぐ)ふ暇もなく、()れ逆襲の(とき)の声(第八節)


十字の砲火雨のごと、よるべき()(ぶつ)(さら)になき

この山上に(しの)つけば、一(しゆん)変転あゝ()(さん)

(ふく)()(るい)(るい)山を(おほ)ひ、(せん)(けつ)(やう)(やう)(がう)に満つ(第九節)


折りしも(のど)を打ちぬかれ、倒れし(せう)()川村を

隊長(みづか)(ひつさ)げて、壕の()(かげ)(はう)(たい)

再び向ふ(しゆ)()の道、あゝ神なるか鬼なるか(第十節)


名刀(せき)(かね)(みつ)が、(つば)(くだ)きて(だん)(がん)

(うで)(けづ)り更にまた、続いて撃ち込む四つの弾

(けつ)(えん)さつと上れども、隊長さらに驚かず(第十一節)


(げん)(ぜん)として立ちどまり、なほわが兵を(はげま)して

()(いう)を決する時なるぞ、この地を敵に(うば)はるな

とくうち払へこの敵」と、天にも(ひび)()()の声(第十二節)

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