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歴史のねむる里へ
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旅行
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奈良 東大寺・秘められた皇后の悲願

『歴史のねむる里へ』
[著]永井路子 [発行]PHP研究所


読了目安時間:15分
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古都のあけぼの



 音──ともいえない、かすかなものの()(はい)で目をさました。奈良のホテルで朝をむかえたときのことである。夢かしらと、いぶかりながらカーテンをひいたとき、思いがけない訪問者を見た。人おじしない、やさしいひとみの鹿が二匹、じっとこちらをみつめていた。


 ──まあ、こんなところにまで鹿が……。


 ついさそわれて外に出た。朝寝坊の私が、思いがけず、早朝の奈良を歩く気になったのは、この、かわいい訪問者のおかげだった。


 町はまだ眠っていた。()(すい)色に静まりかえった池は、薄く濃く木立の影をうつし、松の梢を伝わって、かすかに読経の声が聞こえてくる。昼間のさわがしい「観光奈良」の表情は消えて、そのかみの「ならのみやこ」が、ふいに顔をみせた感じだった。


 松の緑の中に、東大寺の南門が見えてきた。


 そして、大仏殿の大屋根も──。バスやラジオ、マイクなどの騒音を(いつ)(さい)はぎとって静まりかえる東大寺。その壮大さと威厳をこれほど膚に感じたことはなかった。早起きをしてよかったと思う。観光バスでいくつもの寺を走りまわるよりも、朝まだき、足にまかせてそぞろ歩きをするほうが、どんなに深く古都のいのちにふれることができるかわからない。


 南大門をふり仰いだとき、私の胸に強く迫ってきたのは、ひとりの女性のイメージだった。東大寺を建て、大仏造立にいちばん力をつくしたその人の名は(こう)(みよう)(こう)(ごう)。第四十五代、(しよう)()天皇のおきさき、“咲く花の匂うがごとし”といわれた華麗な奈良朝を代表するトップ・レディである。


 じつをいうと、私は、その生涯のきらきらしさのゆえに、光明皇后というひとをこれまで好きになれずにいた。が、この朝、緑の静寂の中で東大寺を眺めたとき、その華やかさの裏に秘められた、女としての苦悩が、突然、ひしひしと胸に迫ってきたのである。


幸運のかげに



 光明皇后は、少女時代の名を安宿(あすか)(ひめ)といった。(こう)(みよう)()ともよばれたらしい。かわいい少女だった。頭はよかったが、とびぬけて美貌でもなかったらしい。伝説では、光り輝くほど美しかったことになっているが、確実な史料には、美人だったとは一行も書いてない。幼いころ(いち)へ行って商人たちに(はかり)の使い方を教えたという。これも伝説にすぎないが、どうやら、ひっこみ思案の箱入り娘ではなくて、なかなか積極的な少女だったようだ。


 父は藤原()()()。宮中で権力のある高級官吏。母の(たちばな)()()()も、文武、元明、元正と、歴代の天皇に仕える高級女官だった。いわば彼女は、地位にも富にもめぐまれた、ハイ・ソサエティのお嬢さまだったのである。

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