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歴史のねむる里へ
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旅行
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吉野 王朝の幻と謎を追って

『歴史のねむる里へ』
[著]永井路子 [発行]PHP研究所


読了目安時間:24分
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幻の大寺



 私にとって、歴史ものを書くということは、幻を追い求めることでもあり、時間の底に埋められた謎を発掘することでもある。さらにこれを空間の中で確かめようというのが、今度の吉野への旅であった。


 王朝びとにとって、吉野ははるかな異国であり、それでいて大変気になる存在でもあった。およそ遠出の旅をしたことのない平安朝の王者の幾人かがはるばるここを訪れたのはそのためであろう。ここでは十一世紀初頭に訪れた藤原道長の旅を中心に、九世紀末に旅をした宇多上皇の足跡を重ねてみることにした。史料の裏付けが比較的はっきりしているからである。


 宇多の旅は昌泰元年(八九八)、『()(そう)(りやつ)()』にその記録がある。道長のはいわゆる『()(どう)(かん)(ぱく)()』、彼自身の書いた日記にある。


 宇多の場合は都の近郊でさんざん鵜飼や遊猟を楽しんでからの吉野入りだが、道長のそれはかなりストイックだ。その目的は(きん)()(せん)(もう)(いわゆる()(たけ)(もう)で)で、これには()(たけ)(そう)()という、きびしい精進潔斎をしなければならない。そのきまりに従って寛弘四年(一〇〇七)(うるう)五月家を出て精進所に移り、粗衣、粗食、しかも毎夜庭に出て、金峯山に向って身を地に投げうつこと百回、約三月続けて、八月二日に出発する。なぜ彼ほどの身分の人間がこのきびしい道を選んだかは、後に触れるつもりである。


 途中の社寺を巡拝した道長が、飛鳥の(かるの)(てら)に着いたのは八月五日。もっともこちらは現代の気軽さ、精進潔斎の志もなく、朝新幹線で東京を発ち、昼すぎにはもう軽寺に着いてしまった。


 正確にいえば軽寺はすでにない。丸山古墳の北にある大軽山法輪寺が、その跡を伝えるのみで、観光コースをはずれているせいもあってなかなか探しにくい。ブロック塀にかこまれた民家ふうの作りで、わずかに屋根のうねりに寺のおもかげが窺える。寺域内の墓も数える程度、縫物をひろげたお年寄でもいたら似合いそうな細い縁側が、退屈そうに明るい陽ざしを浴びていた。


 が、説明板を読むまでもなく、ここが古代の大寺であることはすぐわかる。それを語るのは門を入った左手にある大きな庭石だ。これぞまさしく礎石のひとつ。風雨にさらされながら、じっと歴史の無常を語りつづけている。そのみごとな大きさを見ても、当時現存していた山田寺などの諸寺をさしおいて、ここが道長の宿所になった理由がわかるような気がした。まさに軽寺は幻の大寺なのだ。


 ちなみに、道長はその後高野山参詣の折には山田寺を訪れ、金色燦然たる(せん)(ぶつ)や、いまは仏頭だけが興福寺にある雄大な仏像に驚きの声を放っている。


里の寺、山の寺



 飛鳥は古代史の宝庫だが、この日はすべて割愛して南下し、高取町に入る。薬の町で有名なこの町の旧道沿いには、細格子の入った昔ながらの構えの家が多く、車で通りぬけるのは惜しいくらいだった。


 目指したのはまず観覚寺であったが、さまで広くないこの町で、見つけだすのにちょっと手間どった。というのは、この名がこのあたり一帯の大字の地名になり、寺の方は()(じま)(でら)に変わっていたので、話がとんちんかんになってしまったのだ。地元ではむしろ千寿院といった方が通りがいいらしい。もっとも寺の本堂の扁額には堂々と肉太に「観覚寺」と刻まれていたけれども。


 一見古墳を思わせる小丘陵を背負った素朴な本堂の前庭では、すでにつつじが盛りをすぎていた。つつじの群に包まれて立つ十三層塔に、白い蝶がからむように飛んでいる。門の脇には苗代田もあるというなにげない風景の中に融けこんだ里の寺である。


 久米寺と兼務の御住職は不在、代って年配の堂守さんが、音吐朗々、説明してくれる。質朴なたたずまいに似ず、国宝の紺綾地の金銀泥両界(まん)()()や重要文化財の十一面観音(いずれも奈良の博物館に寄託中)という一級品の文化財があるのは寺の歴史の古さ、規模の大きさを物語るものだろう。これらを除いても、御利益あらたかな島投げ聖天とか、仏具で画いた「南無阿弥陀仏」の掛軸とか、話題には事欠かない。

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