読みたいトコだけ買える本。
犬耳書店
初めての方へ 記事一覧 無料登録 ログイン

犬耳書店はRenta!へ統合いたします

(2021/11/26 追記)

犬耳書店の作品をRenta!に順次移行します。
詳しくはこちらでご確認いただきますよう、よろしくお願い申し上げます。

0
-2
kiji
0
0
1206694
0
歴史のねむる里へ
2
0
0
0
0
0
0
旅行
お気に入りとは?

お気に入りボタンを押すとお気に入りリストにこのページが追加されます。興味のあるページ・気になったページを後から確認するのに便利です。

お気に入り お気に入り
箱根 箱根越え・山路の変遷

『歴史のねむる里へ』
[著]永井路子 [発行]PHP研究所


読了目安時間:16分
この記事が役に立った
0
| |
文字サイズ

古くは日本武尊が越えた“碓日峠”



 幾百幾千──いや、数えきれない人がこの道を越えていった。峠はまた、人間が越えなければならない人生の坂道の象徴でもある。渦巻いては流れてゆくこの山路の霧よりも深い愛と呪いの霧の中でうめきながら、この道を越えていった人々のドラマのいくつかを拾いあげてみよう。


 日本の東と西をつなぐこの箱根には、昔からいくつかの道があった。その中でいちばん古いといわれているのは「碓日道」である。御殿場から乙女峠をこえ、仙石原から宮城野をこえ、明神ヶ岳から大雄山を経て関東へ──外輪山を二つも越えてゆく難路であったという。碓日道(または碓氷道)とよばれたのは、明神ヶ岳に碓日(碓氷)峠というところがあるからだ、ということになっている。古く日本(やまと)(たけるの)(みこと)が、東征の帰途ここに立って、亡きおきさきの(おと)(たちばな)(ひめ)をしのび、

あづまはや(私の妻はもう……)


 とつぶやいた、と『古事記』には書いてある。


 もっとも、これと同じころできた『日本書紀』では、日本武尊の通ったのは、群馬県から長野県へ越える碓氷峠だということになっているので、いちがいに箱根ときめることはできない。


 大体『古事記』のこのあたりの土地カンはかなり不正確だ。その少し前に出てくる日本武尊が火難にあう事件も、相武(さがむの)国の(やき)()という所のこととしているが、焼津だったら駿河国でなければならない。してみると、このあたりは、東国についての知識があまりゆたかでなかったころの伝承らしく、箱根の碓日峠というのもいささかあやしくなってくる。


 いや、それよりも──。


 すでに日本武尊そのものが実在の人物とはみとめられなくなっている現在である。そのころ各地にあった英雄伝説が統合されて、超スーパーマン的に作りあげられた、雄々しくて、しかも悲しい英雄が日本武尊、ということになれば、彼が、

わが妻よ……」


 と思わず口走ったその地を、実際にどこだときめることはもはや無意味であろう。それよりも、私たちはまず、この伝説から、峠を越えた東国の地が当時の人たちにとって、異国の地だったことを知るべきだ。


 異境にきて妻を失い、そしてその異境を去って行く、ひとりの男性の追憶──しかもその前途は決して明るくはない。……そうした思いをこめて、峠に立てば、よしそこが碓日の峠であろうとなかろうと、伝説の英雄、日本武尊の孤独さにふれることができるし、私たちもまた、彼と同じ人生の旅人であることを感じさせられるのではないだろうか。古代の碓日道は、幻の道でもあり、また、永遠の道でもある。


騎馬ギャング団のいた(あし)(がら)



 外輪山を二度も越えるという碓日道は、あまりにも難路だった。そのためだろうか、奈良時代から平安時代にかけて、箱根山を越えるのには、もっぱら、足柄越えが使われた。

この記事は役に立ちましたか?

役に立った
0
残り:6383文字/本文:7578文字
この記事を買った人はこれも買っています
      この記事を収録している本
      この本で最も売れている記事
      レビューを書くレビューを書く

      レビューを書いてポイントゲット!【詳細はこちら】

      この本の目次