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日本の伝統精神 この国はいかに進むべきか
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生き方・教養
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百年の運命と立命

『日本の伝統精神 この国はいかに進むべきか』
[著]安岡正篤 [発行]PHP研究所


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唯ある種の倫理的運動のみが、我等を非文化から救い出すことができる。その倫理的なものは唯個人の中にのみ成立する。このことが多くの人々に起こるのでなければ、何ものも我等を救うことはできない。

A.シュワイツァー「文化の没落と再建」 



物事は長い目で、全面的に、根本的に見なければならない



 先程来、両先生(松下幸之助・菅野和太郎の両氏)より真剣な、熱烈な、蘊蓄(うんちく)を傾けられましたお話を連続聴講されまして、さすがにいささかお疲れのことであろうとお察し致します。私は結論に回ってしまいましたので、或る意味に於て貧乏(くじ)でありまして、何とか要領よく、簡単に結末をつけたいと考えております。


 で、幸いに私は、最初に回りましたならば、これが序論になりますようにと思っておったのでありますが、幸か不幸か後になりましたので、いささか飛躍するかも知れませんが、先ず「明治百年」という事であります。実はこれは師友協会の講座で幾度か触れたと記憶するのでありますが、何か重大なことがあります毎に、私は物を見る原則、即ち物の見方というものを三つ挙げることに致しております。


 その一つは、何事によらず重大な問題ほど、決して目先に(とら)われないで、できるだけ長い目で見るということであります。目先に囚われるのと、長い目で見るのとでは、時によって結論が逆になることさえあります。西洋でもnearsightedとか、farsightedとかいう言葉がありますし、後者を訳して巨視的というような言葉が日本にできております。とにかく目先に囚わられないで、長い目で物を見るということが大事であります。


 第二に、できるだけ物事の一面に囚われないで多面的に、できれば全面的に物を見るということを心掛ける。これ又前者に劣らず大事なことでありまして、物の一面だけを見ておったのでは、決して本当のことはわからない。多面的・全面的に見て、初めて物の真を捉えることができる、ということは申すまでもありません。


 第三は、できるだけ枝葉末節に(わた)ることを慎んで、根本的に見るということであります。多面的・全面的に見る、或は根本的に見るということと、一面的に見る、枝葉末節に囚われるということとでは、第一の場合と同じ様に、往々にして全然逆な結果になる。だから人間のこと、世界のことは、難しい問題ほど右の理由によりまして、長い目で、多面的・全面的に、根本的に考察することを心掛ける。これが一番物を学ぶ人々の心得なければならないことであります。


偉大なる革命・明治維新


「明治百年」もそうであります。これは歴史上においても重大な意義を持つものでありまして、これを明治のその時々の一時的な観察と較べますと、全く議論が異なって参ります。それも或る問題だけを捉えて見るのと、多面的に、根本的に見るのとでは、大層違うのであります。


 やはり三つの中では根本的に見るということが一番の根本でありまして、明治百年ということも、一番大事なことは根本的に見るということです。先程菅野さんが、明治百年は明治維新を眼目とするのか、それ以後の百年の経過・推移を問題にするのか、ということで閣議でも検討・議論したということでありますが、これはその前に、明治百年を記念して国家的行事をやろう、ということで作られた内閣の委員会でも、随分問題になりました。


 私も委員の一人でありますので、やはり明治維新というものを根本として考えなければならない、ということを主張したのであります。勿論これに賛同する人々も多数ありましたが、いわゆる進歩派というような人々はこれを嫌いまして、明治維新というようなことを根本とするのは後向きである、と言って反対しました──さすがにその席では言いませんでしたけれども、その中の幾人かの人達はマスコミ等で、明治維新を中心とする考え方は帝国主義につながるとか、後向きであるとか、というような考え方を発表しております──。そしてそれよりは維新以後の百年に(わた)る日本民族の大発展・大躍進の(あと)辿(たど)って、願わくば次に来る二十一世紀に対して日本人の大きなビジョンを描く、ということを建前とすべきである、とまあ、こういう考え方でありまして、こういう考え方の方が一般によく受けますので、結局維新という語が削除されて、「明治百年記念事業」ということになったのであります。


 これはちょっと考えると、如何にも魅力的と思われるかも知れません。言葉が美しくて、その観念は確かに魅力がある。百年に亙る発展の迹を辿って、又今後百年の展望を持つ。

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