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陽明学 生き方の極意
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生き方・教養
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第六章 王陽明語録 混迷の時代を拓く

『陽明学 生き方の極意』
[著]守屋洋 [発行]PHP研究所


読了目安時間:21分
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 これまで、さまざまな角度から陽明学について紹介してきました。ここではあらためて王陽明が折にふれて語ったことばをとりあげ、陽明学の真髄に迫ってみたいと思います。


 全部で二十のことばを選んでみましたが、便宜的に、修養篇と実践篇に分けてみました。



 修養篇


一、心の良知これを聖と()う。聖人の学は、ただこれこの良知を致すのみ。この故に良知を致すの(ほか)学なし。



 それぞれが心のなかにもっている「良知」こそ最高のものである。われわれのめざす学問は、ただこの「良知」を発現すること、これに尽きる。だから、この「良知」を発現する以外に、学問も修養もないのである。


 おおよそこんな意味になります。


 すでに述べましたように、人間は誰でも天から授かったすばらしい素質をもっているのだそうです。それを王陽明は「良知」と名づけました。この「良知」を発現することができれば、誰でも聖人のようなすばらしい人物になることができるのだといいます。


 ですから、学問や修養につとめて自分を磨くためには、なによりもまず「良知」の発現につとめなければなりません。このことばは、それを言っているのです。

「致良知」、すなわち「良知」を発現すること、これこそ陽明学の核心と言ってよいでしょう。


二、山中の賊を破るは易く、心中の賊を破るは(かた)し。()()()(せつ)(せん)(じよ)す、何ぞ異となすに足らん。()し諸賢、心腹の(こう)(そう)(とう)し、()って(かく)(せい)(へい)(てい)の功を収めなば、これ誠に大丈夫()(せい)()(せき)なり。


「良知」の発現こそ、陽明学の核心だと言いました。


 ただし、「良知」はほうっておきますと、さまざまな欲望によって曇らされてしまいます。欲望に打ち勝って「良知」を発現するには、大変な努力を必要とするのだ、と王陽明は言います。それを語っているのが、このことばにほかなりません。


 わかりやすく訳してみましょう。

「山の中の賊を討伐するのはまだやさしい。難しいのは心の中の賊を討伐することである。そのへんのこそドロのような連中を平らげたところで、なんら異とするに足りない。もし諸君が心のなかの敵をやっつけて、しらみつぶしに平らげてしまうことができるなら、男たるもの、これ以上すばらしい手柄はない」


 というのです。


 王陽明が反乱の討伐に赴いたとき、弟子の一人に書き送ったことばです。「山中の賊を破るは易く、心中の賊を破るは難し」という一句が、とくに有名です。


三、志立たざれば、(かじ)なきの舟、(くつわ)なきの馬の(ごと)し。(ひよう)(とう)(ほん)(いつ)して、(つい)にまた(なん)(いた)る所ぞや。



 このことばはすでに紹介しましたが、すばらしいことばなので、あらためてまたとりあげてみました。志をしっかりと立ててかからないのは、“舵のない舟、銜のない馬”のようなもので、どこに流されていくかわからない、というのです。


 志とは、目標を立て、その目標の実現に向かって意欲を燃やすことにほかなりません。


 むろん、志を立てても、一直線にその志を実現できるとはかぎりません。いや、それどころか、きびしい現実の壁のなかで、時にはまわり道をしたり、後退を余儀なくされたりして、常に軌道修正を迫られるのが、一般でしょう。しかし、そんななかでも、志を持ち続けることができるなら、大きく目標からそれていくことはありません。志を立てることの意義は、そういう点にあるのです。


 企業の経営でも、この志が問われることは言うまでもありません。


 いったい自分は何のために企業を経営しているのか。利益をあげるためというのでは、志とは言えません。

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