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世界を変えた 最強の戦闘指揮官30
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歴史
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26 ジョージ・パットン

『世界を変えた 最強の戦闘指揮官30』
[著]柘植久慶 [発行]PHP研究所


読了目安時間:12分
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(一八八五・一一・一一──一九四五・一二・二一)


 アメリカ人のあいだで最も人気のある将軍となると、それはアイゼンハワーでもマッカーサーでもない。パットンとカスターなのである。いずれも勇猛果敢で知られた軍人だった。


 そのパットンは一八八五年に、カリフォルニア州で生まれた。軍人を志してウェストポイント陸軍士官学校に入学、近代五種競技の選手として知られ、一九一二年のオスロ・オリンピック大会のアメリカ代表にもなっている。




 これはフェンシング、水泳(三〇〇メートル)、クロスカントリー(四〇〇〇メートル)、ピストル、そして馬術という五種目で競う。将校斥候に不可欠な実技ばかりだ。このため軍人のスポーツと呼ばれた。


 パットン一族には過去に二人、将校が出ていた。独立革命に一人、そして南北戦争に一人いて、後者はウィンチェスターの戦いで戦死を遂げているのである。いずれも騎兵で彼もまた騎兵だった。


 第1次世界大戦の勃発したとき、パットンは二八歳でありまだ中尉だから出世は遅かった。しかもアメリカは大戦に参戦していないから、戦功を立てる機会も全くない。


 ところが一六年になると、ジョン・パーシング中将がメキシコ国境への出動を、パットンに命じたのであった。アメリカがカランサ大統領を支持したことから、反政府勢力が不満を表明し、北部の軍閥(実際は山賊同然だが)パンチョ・ビジャが報復のため越境攻撃をかける、と警告してきたからだ。


 アリゾナに赴いたパットンは、自らの小隊本部をピマ郡とコーチーズ郡のあいだ──サンタクルス郡のノガレス市に置く。そこにウェルズ・ファーゴ銀行の支店があり、それを山賊が本業のビジャが狙う、と睨んだのだった。


 応援の一個小隊が増派されてきたが、ビジャの動きは全く見られない。恐れをなしたかと彼が思い始めたとき事件が発生した。越境したビジャがアメリカ人一八人を殺害し、一部の地域を荒し廻ったのである。


 パーシングの討伐命令が下り、パットンはメキシコに越境すると、騎兵の威力を発揮してゆく。「ジョージ・カスターの再来」と言われた彼らしい、荒っぽい鎮圧作戦を展開したから、流石のメキシコ軍もたまらず国境地帯より撤収してしまう。

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