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エンタメ
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夫、47歳にして突然の離職宣言

『大黒柱マザー』
[著]小島慶子 [発行]_双葉社


読了目安時間:5分
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 2013年の初め頃、夫が突然『じつは、仕事をやめようと思う』と言い出しました。


 いつものように子どもたちが寝た後、私が寝室で書きものをしているところへ夫がやってきて、お互い今日あったことなどを報告し合っていたときのことです。


 夫はそのとき47歳。25年近くテレビ業界でずっと忙しく働いてきて、ルーティン化していく仕事をお金のためと割り切って続けていくことももちろんできたはずです。でも、夫は「一度、人生の風景をよく見てみたい。ちょっとリセットしてみたい」と言うのです。私にとっては想定外のことで、ショックのあまり思考停止に陥りましたが、夫も相当考えて決めたことだろうし、問い詰めたところで私に何かできるわけでもない。


 私自身も会社をやめているのでよくわかりますが、それなりの肩書きを捨てて、無収入になることを覚悟のうえで会社をやめると決めたからには、彼なりにきちんと筋の通った理由があるわけで、本人がやめると決めてしまったものはどうにもならない。


 会社をやめる人の理屈というのは、やめたくてもやめない人や、やめたいと思ったことがない人には決して通じないものなのです。周囲には噂好きな人や勝手なことを言う人がとてもたくさんいて、会社をやめるという悩みは、誰にも相談できない、それはそれは孤独な決断です。彼がひとりで黙ってそれに耐えていたなんて。


 そういえば、2012年頃、彼がなんだか急に老け込んでしまったことがありました。自分のことを棚に上げて「彼も年なのね……」などと思っていたのですが、あれは彼が人知れず悩んでいた時期だったのだと後になってから知りました。どうやら夫は1年以上ひとりで悶々としていたようですが、私があまりに鈍感で気が利かない女だったために、まったく気がついてあげられなかった。


 結婚してから13年、私が3年前に会社をやめてフリーになるまで、私たちはずっと共働きのサラリーマン夫婦でした。そもそも、私が「会社をやめる」などという賭けができたのは、夫が働いていたおかげだし、私が無収入になるかもしれないリスクも込みで、夫は「応援するよ」と私を引き受けてくれたわけだから、その私が夫の申し出を断るのはフェアじゃない。今度は私が応援する番です。私だって「人生は1度きり」と思って会社をやめたわけだから、夫も自分の人生を生きたいように生きればいい。長い人生、そういう時期だってあるよね。よし、頑張るぞ、私。


 そう決心して、「やめてみたら」と大人の態度に出てはみたものの、そもそもが小心者の私。あまりに予想しなかったことが起こると、人というのはこんなにも混乱するのかというくらい、パニックに陥りました。これまで2人いた稼ぎ手がひとりになる。自分以外に稼ぎ手がいないという経験が私にはないのです。初めて自分ひとりが稼ぎ手になって一家を支えることの責任感たるや、それはもう半端ない。


 もちろん、そんな人は私だけではありません。いくらだっています。落ち着け、冷静になれと自分に言い聞かせてはみたものの、私が大黒柱になるということを具体的にイメージしたことがなかったので、その不安とプレッシャーに押しつぶされそうでした。


 新橋のガード下で飲みながら愚痴ばかり言っているおじさんたちも大変だったのだなと、彼らの悲哀や不安が理解できて無性に共感を覚えたし、大黒柱として家族を養った父の大変さも実感しました。


 それでも、取り乱して夫に当たり散らすことが何度もありました。私は不安を感じると、それを怒りに変換してしまうタイプなのです。「私は今までと同じように働いているのに、あなたが仕事をやめてしまったせいで、すごく切羽詰まった気持ちで働かなくちゃいけない。しんどくてたまらない」と愚痴をこぼしたり、機嫌が悪いと「あなたが仕事をやめなければ、私がこんなに不安な思いをしなくても済んだのに」などと、言ってもしょうがないことを、言いたくもないのに言ってしまったり。もう完全な甘えです。


 でも、夫は大人なので、そういう私にまったく取り合いません。「じゃあ、僕が会社をやめなければよかったのか!」と食ってかかることも、「ごめんな、僕が仕事さえやめなければ」と謝ることも、卑屈になることもなかった。「やめてしまったものはしょうがないし、君がそう言いたくなるのもわかるけど、モノにはもう少し言い方があるよね」という態度でい続けてくれたので、それが本当に救いでした。私だって、いかに自分が理不尽なことを言っているかもわかっていたし、どうして自分はこんなことを言ってしまうのかと自己嫌悪にも陥りました。そうやってジタバタしながら、彼が考え抜いた末に、彼なりに信念を持って仕事をやめたのだということが心の底から理解できたんです。それなら私にも経験がある。だったら私も彼をちゃんと応援しなくちゃ。彼が無職になった私を受け入れてくれたように、私も無職になった彼を受け入れようという気持ちに心からなれたのです。


格言


 人生は1度きり。生きたいように生きればいい


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