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(2021/11/26 追記)

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サッカー日本代表の少年時代
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内田篤人

『サッカー日本代表の少年時代』
[著]伯井寛 [著] 巴康子 [著] 赤澤竜也 [発行]PHP研究所


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清水の日常にはサッカーがある


 静岡県清水市(現・静岡市清水区)。別称“日本のブラジル”。かつては平凡な地方都市に過ぎなかったこの町も、いまや「サッカーのまち」として全国区の知名度を誇る。

 競技人口3万人強。単純計算で全人口約25万人の8人に1人がプレーしていることになる。こんな都市は日本全国どこを探しても、清水以外にない。

 毎年夏、清水は全国から300近いチーム、約6000人の小学生たちを集めて、全国少年少女草サッカー大会を開催していた。全体で1万人にもおよぶ運営スタッフはすべてボランティアである。中学生は記録をつけ、高校生がホイッスルを吹く。お父さんはグラウンド整備に励み、接待役はお母さんの仕事だ。そんなことを、清水は10年以上も続けてきた。

 清水の町を歩いていると、都内では考えられない光景に出合う。それは小・中・高のグラウンドのほとんどにナイター照明がついているということだ。ここ清水では少年、少女たちのチームはもちろんのこと、数多くのお父さん、お母さんのチームが存在する。その親御さんたちが夜でもプレーできるようにナイター照明がつけられているのだ。

 年齢、性別問わず、あらゆる層でリーグ戦が行なわれている。

 このような環境だからこそ、清水からは毎年のように優れた選手が生まれてきた。

 1998年フランス大会日本代表の名波浩(ななみひろし)(現・解説者)。2002年日韓共催大会の小野伸二(現・清水エスパルス)。2006年ドイツ大会の川口能活(よしかつ)(現・ジュビロ磐田)。日本が出場したワールドカップの中心選手はみな、清水の町で鍛えられていた。そして、最近の“傑作”といえば内田篤人ということになる。

 しかし、篤人は歴代の日本代表のキーマンたちと少々異なった形で清水の町と関わっていた。

中部地区でサッカーをやりたい


 静岡県立清水東高校。全国高校サッカー選手権大会優勝1回、準優勝3回。インターハイでも四度栄冠に輝く、全国屈指の名門校だ。古くは栄光のメキシコオリンピック銅メダリスト杉山隆一、Jリーグ創設期には“三羽烏(さんばがらす)”と呼ばれた長谷川健太、大榎克己(おおえのきかつみ)、堀池巧。その後も武田修宏(のぶひろ)、相馬直樹、そして高原直泰(なおひろ)と、多くの代表選手を輩出してきた。その名門校には学区外や、県外からも入学を目指す選手が多い。一人の華奢(きやしや)な少年も同じだった。
函南(かんなみ)中から来ました内田篤人です。東高でサッカーがやりたいんです。よろしくお願いします」

 一般的には静岡=サッカーのイメージが定着しているが、じつはサッカーが盛んな地区は清水市を中心とした中部地区。
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