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(2021/11/26 追記)

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40代でグンと伸びる人 40代で伸び悩む人
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生き方・教養
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第三章 伸びる40代は、部下の「よき演出家」になる

『40代でグンと伸びる人 40代で伸び悩む人』
[著]テリー伊藤 [発行]PHP研究所


読了目安時間:54分
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叱られたのに叱れない貧乏クジの40



 同じ会社の屋根の下にいる人同士であっても、それぞれ生まれ育ってきた時代や環境が違うから、違った価値観を持っているのは当然のことだ。とくに、世代の違う人間同士がジェネレーションギャップによる価値観の違いを感じる場面というのは、いつの時代にもある。


 そういうとき、旧世代の人たちが新世代の人たちを批判するという図式。それは、古代遺跡に「最近の若者はダメだ」と書いてあったという有名な笑い話が示すように、大昔から続いてきたことだ。ただし、この二十一世紀の日本で「最近の若いヤツらは根性が足りない。俺たちが若いころは……」などと上司が部下に言おうものなら、その瞬間、両者の間にはシャッターが下りてしまう。というようなことは、いまどき、だれでも知っているので、そんなセリフは基本的に死語である。


 かといって、いまどきの若い連中が、叱咤激励する必要もないほど頼もしくて気合いが入っているのかといえば、そんなはずもない。そこで、最近、40代の人たちが、よく私にこんな愚痴をこぼす。

「僕らが若いころは、やっぱり上司に怒鳴られたり尻を叩かれたりして、なんとか一人前になっていったもんですよ。でも、いまはそういう時代じゃないし、逆にこっちが下に気を使わなくちゃいけない。そうすると、上から僕らが怒られるんですよね。『ちゃんと叱らなくちゃダメだ』って」


 こういうところにも、いまの中間管理職の板挟みの苦労、つまり40代の悩みのタネがあるというわけだ。

「叱らなくちゃいけないと思っても、叱れないんですよ。叱り方がわからない。下手に叱って嫌われたくないという思いもあるし、いい人でいたいし。同期の連中なんかと話していると、やっぱり『叱れない悩み』を抱えているヤツって、すごく多いんですよ。テリーさんみたいに歯に衣着せず怒ったり叱ったりするのって、どうすればいいんですか?」


 彼らは、私がいつもテレビで怒ったりキレたりしている男だというイメージを持っているようで、「テリー流の上手な叱り方を教えてほしい」というのだ。

「でもさあ。俺たちの世代だって、やっぱりそういうギャップに悩んだんだよ。団塊の世代って、上の世代からはガンガンやられたけど、下にはそれが通じない時代になっちゃったから」


 私たちの世代は、まだスパルタ教育が幅をきかせていた時代に育った。大人たちからは「戦争を知らない子どもたちは甘い」と言われたが、それでも十分、しごかれていた。『あしたのジョー』や『巨人の星』のようなスポ根的教育論があたりまえだった。野球の世界では、高校野球の監督どころかプロ野球の監督でさえ、鉄拳制裁は日常的なことだった。


 しかし、私たちの世代が指導者の立場になると、そんなコーチングは通用しない時代になった。スパルタなんてとんでもない。

「俺たちが若いころに叩きこまれた根性論なんて、いまの選手にはぜんぜん受け入れられないよ。かといって、自由に伸び伸びやらせるだけで勝てるかっていうと、そんなわけない。いったいどうすりゃいいんだ?」


 私と同世代の野球人たちは、みんなそういって苦悩していた。


 実際、団塊の世代のプロ野球監督が失敗した例をみると、そのギャップが原因になっていたケースが数多くある。自分が現役時代にやらされてきたことをいまの選手に押し付けようとしたり、頭から押さえつけるような指導をしたり、何かというとすぐに雷を落としたりして選手の反発をくらってしまう。あるいは、選手を委縮させて潰してしまう。


 その反対に「いまの時代に合った指導法でいこう」として失敗した人もいる。選手の自主性を尊重して、うるさいことも言わずに笑顔で見守り、物分かりのいい監督であろうと努めた。その結果、選手になめられ、チームはぬるま湯に浸かりきり、連敗に次ぐ連敗。新時代の名監督像を追求したつもりがダメ監督の烙印を押されてユニフォームを脱ぐ羽目になってしまうという悲劇も少なくなかった。


 そんななか、星野仙一監督だけは、昔ながらの雷オヤジがユニフォームを着たような監督像を貫いた。時代も選手気質も関係ない。鉄拳制裁も辞さない熱血監督。「どの時代であろうと闘志と愛情があれば選手はついてくる」という揺るぎない信念のもと、選手を叱り飛ばし怒鳴り続けた。それは若き日の星野仙一が明治大学野球部の名将、島岡吉郎監督に叩きこまれた「根性野球」そのものだった。典型的な旧世代の指導者像が選手の反感を買うどころか、三球団を優勝に導き、「理想の上司」のアンケートでもトップになった。

「いまの若い人たちこそ、叱ってくれる人を求めているんです」


 星野監督の成功を見て、そんな分析をする人たちがあちこちにいた。


 たしかに、自分自身「これじゃダメだ」と思っているときには、だれにも叱ってもらえないよりも叱ってくれる人がいたほうがありがたい。人一倍プライドが高く、自信満々のプロ野球選手だって、情けないプレーをしたときは、ベンチがシーンとしているよりも「バカヤロー!」と監督が怒鳴ってくれたほうが救われることがある。ましてや世間一般の若手社員であれば、なおさら叱ってほしいときがあるだろう。星野監督のような上司像を望む人たちがいたり、松岡修造の熱血指導にあこがれる新入社員がいたりするのは、弱い自分を叱咤激励して盛り上げてくれる人がほしいということなのだ。

「コラ! 何やってんだ! 本当の君はそんなもんじゃないだろう! もっとしっかりしろ!」


 松岡修造にそう叱ってもらえば、きっと私のやる気スイッチが入るにちがいないと思っている若者がたくさんいる。「だったら、私も叱れる人間にならなくちゃいけない」というのが、40代中間管理職の彼らのテーマなのだ。


私がスタッフを「叱らない」理由


「テリーさんの会社の若い人たちを叱らなくちゃいけないとき、テリーさんは上司として、どんなふうに叱るんですか?」

「いや、俺、ほとんど怒んないよ」

「え!? でも業界の伝説として、テリー伊藤にブッ飛ばされて大きくなった人たちがたくさんいるんじゃ……」

「大昔にはそういうのも少しあったかもしれないけど、前々から俺は怒らない上司だったよ」


 それは本当のことだ。私は社員たちに常々こう言ってきた。

「俺はおまえたちを怒んないよ。だって俺が『コラ、廊下を走るな』って叱ったら俺が廊下を走れなくなるじゃん。俺はいつだって廊下を走りたいんだよ。俺が怒っておまえらに正しいことをさせようとするのって、一番めんどくさいんだ。俺は怒るよりも怒られる人間でいたいんだ」


 だれかをもっともらしく叱るというのは、自分の感性を鈍らせることだと私は思っている。学校の先生であれば正しいことを教え、生徒を叱らなければいけないだろうが、私は演出家だ。真面目な行動をして見せるより、面白いことをして見せるべき人間なのだ。私がスタッフにいつも言っているのは「酒を飲んだら運転をするな。クスリはやるな。あとは何をやってもいい」ということだ。部下に「ああしろ、こうしろ」と言ったって、いいものは絶対に生まれないし、「あれをするな、これもするな」と禁止事項を並べていては伸びる人も伸びない。そんなことで部下を叱る暇があったら「おい最近、何か面白いことはあったか?」と聞いて回るほうがいい。

「最近、いいキャバクラはどこだ? 新しい風俗は見つけたか?」

「はい。最近は歌舞伎町よりも池袋よりも錦糸町が熱いです」

「なになに? 詳しく教えてくれ」


 そんなふうに、私は部下たちと楽しい話しかしていない。若い彼らは、私とは違う音楽を聴いて育ち、違う映画や漫画を見て、違うファッションを楽しんできた。私が知らない素敵なことをたくさん知っているのだ。そういう社員たちに私が何か正しいことを教えようとしたり説教をしたりするのではなく、逆に私に面白いことをたくさん教えてほしいのだ。

「俺はおまえたちに給料を払って、なおかつおまえたち相手に怒ったりベラベラしゃべったりするのは割に合わないよ。だから、おまえたちが俺にいろいろ教えて俺を楽しませてくれよ。俺だけがずっと放電してるんじゃなくて充電させてほしいんだよ」


 それはテレビの制作会社の社長とスタッフだから成り立つことだと思うかもしれないが、プロの仕事の現場というのは、どの業種でも同じではないかと私は思っている。

「俺から教わったり指示されたりっていうことは、おまえの仕事の十のうち一つでいいよ。あとは自分で考えたり見つけたり、俺から勝手にパクッたりアレンジしてくれればいいんだ。だって、おまえは俺にない感性をいっぱい持ってるんだし、俺がしていない体験をいろいろしてきたわけだから」


 これは私が社員に言っている言葉でもあるが、どんな会社の上司と部下にも当てはまる言葉ではないか。


 たしかに部下が大きなミスをしたり、だらしなかったりすることはいくらでもある。しかし、私はそういうとき、怒るよりも先に「俺は彼のよさを引き出しているだろうか」と自問自答してみる。ここでうっかり怒ったら、あとで自分が落ち込んでしまうのを知っているからだ。怒るよりも、彼が次にいい仕事をするために私が考えるべきことはいくらでもあるのだ。


相手の欠点を強みに変えてしまう演出方法


「テリーさんが、テレビで声を張り上げて怒っているのを見て、いつも『うらやましいな』と思っています」


 よくそう言われる。


 しかし、あれはオフィシャルな人物の不正に対する怒りであり、政治家や著名人や公的機関の不祥事に怒っているのであって、日常的に身の回りの人に怒っているのとはわけが違う。私は、あくまでも報道の対象になるような事象に怒っているだけであって、仕事仲間や友人知人を相手にいつも怒っているような人間ではけっしてない。


 だから、日頃の私が実は穏やかでナイスな紳士だということを見知った人は、「テリーさんって、ふだんはおとなしいんですね」と意外そうな顔をする。

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