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ぶらり京都しあわせ歩き 至福の境地を味わえる路地や名所、五十の愉しみ
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旅行
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第四章 「洛西」でしあわせを願う

『ぶらり京都しあわせ歩き 至福の境地を味わえる路地や名所、五十の愉しみ』
[著]柏井壽 [発行]PHP研究所


読了目安時間:27分
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「二尊院」でしあわせの鐘を撞く

「西山艸堂」で湯豆腐を食べる



 日本各地を旅していると、しばしば見かけるのが〈しあわせの鐘〉。


 とりわけリゾートなどで目につくのだが、釣り鐘から下がる紐を引き、鐘を鳴らすとしあわせが訪れるという触れ込みで、記念日に訪れる客も少なくないという。


 先般、沖縄を旅した際も、オクマビーチで〈カラン・カラン〉と名付けられた、しあわせの鐘を見つけた。


 真っ青な海へと続く桟橋に、真っ白いアーチが作られ、そこに釣り鐘が下がっている。たしかにカラン、カランと乾いた音を海と空に響かせる。


 鐘を鳴らす。そのとき人は、しあわせを願う。もしくは、しあわせであることに感謝する。鐘はしあわせの象徴。


 教会で結婚式を挙げると、鐘の音が響き渡る。しあわせのしるし。ウェディング・ベルという言葉もある。


 ローマ教皇を決める、コンクラーヴェという選挙でも、新教皇が決まり、煙突から白い煙が出た直後には、バチカンのサン・ピエトロ大聖堂の鐘を鳴らして正式な合図としている。


 つまりは、西洋においての鐘は慶事のしるしということだろう。


 同じ鐘であっても、お寺にある(ぼん)(しよう)は些か様子が異なる。


 大晦日の深夜。日付も年も変わろうとするころ、『ゆく年くる年』というテレビ番組には、必ずといっていいほど、京都「()(おん)(いん)」で鳴らされる除夜の鐘が映し出される。


 百八つの(ぼん)(のう)を払うために、鐘を()く。西洋の鐘とはかなり趣が異なる。


 鐘に限ったことではないが、なにごとも西洋は外に向けて、東洋は内に向ける。


 かつて、京の街なかの寺では、比較的自由に鐘を撞くことができた。時報代わりに鐘を鳴らす寺もあり、洛中を歩くと、そこかしこで鐘の音が響いていた。それを聴いて、京都の寺の多さを実感することもあれば、心の琴線に触れることもあり、余韻が長く続けば続くほど、その思いは深まったものだ。


 時代は変わり、騒音だとして近所から苦情が出るようになったせいもあり、(しよう)(ろう)への立ち入りを禁じる寺が増えてきたのは、なんとも残念なこと。


 梵鐘は本来、法要など仏事の予鈴として撞くもので、仏教における役割を果たしている。朝夕の時報として撞く鐘は、(ぎよう)(しよう)(こん)(しよう)と呼ばれ、単に時報として撞かれるだけでなく、その響きを聴く者に対し、一切の苦から逃れ、悟りに至る()(どく)をもたらすとされている。つまり、梵鐘には功徳という意が込められている。


 つまり鐘の音を聴けば、功徳を授かることができ、鐘を撞く者は、人に功徳を分け与えることができるということになる。当然のことながら、鐘を撞く者の耳にも梵鐘の響きは届くわけで、人に与え、自らも授かるという、両面での功徳。


 では、その功徳とは何か。


 辞書によれば、


 ──善行や福徳における(すぐ)れた性質、また善や福を積んで得られたもの──


 とある。善や福。これはまさしく、しあわせに繋がる。


 自分で鐘を撞くことができる寺。今の京都では数少ないが、()()()に建つ天台宗の寺院「()(そん)(いん)」なら、それが叶う。


 一番近いのはトロッコ嵐山駅になるが、JRの嵯峨嵐山駅、もしくは(らん)(でん)の嵐山駅が最寄り。西に向かい、「(じよう)(じやつ)(こう)()」を経て辿るのが一般的な道筋。


 この界隈がもっとも賑わうのは春の桜と、秋の紅葉。どちらも道筋は人で埋まる。とりわけ紅葉の真っ盛りともなれば、鐘楼にも長い列ができ、人の背中を見てばかりになるので、できれば避けたいところ。


 紅葉が始まる前の、秋風が嵯峨野に吹き渡るころか、もしくは桜が終わって、新緑が目に染みるころがお奨め。或いは、心静かに鐘を撞くことだけを目指すなら、薄っすらと雪が積もる冬場もいい。


 京の冬の名物でもある湯豆腐と組み合わせての行程もいい。嵐電の嵐山駅前にある「西(せい)(ざん)(そう)(どう)」が一番のお奨め。嵯峨豆腐で知られる名店「(もり)()」の豆腐を使った、〈豆腐定食〉はしみじみと美味しい。


 先に腹ごしらえを兼ねて、湯豆腐で身体を温めてもいいし、鐘を撞いてから、その余韻に浸りながら、湯豆腐をつつくのもいい。


 豆腐もまた、しあわせを招く食べ物で、豆腐を食べると誰もが心を丸くする。



 ──湯豆腐や いのちのはての うすあかり──



 ()()()(まん)()(ろう)がそう詠んだように、様々を過ぎ越してきて、()(らん)(ばん)(じよう)の人生を振り返り、やがて訪れる終焉にも、薄っすらとあかりが灯るように思えるのも、湯豆腐という穏やかで、やさしい味わいのおかげ。


 荒ぶる心を鎮めるのに湯豆腐ほどふさわしいものはない。湯豆腐のしあわせ。

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