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二十一世紀をいかに生き抜くか 近代国際政治の潮流と日本
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政治・社会
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第二章 バランス・オブ・パワー思想の誕生

『二十一世紀をいかに生き抜くか 近代国際政治の潮流と日本』
[著]岡崎久彦 [発行]PHP研究所


読了目安時間:23分
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 勢力均衡という概念は、日本では近代欧州政治史に伴って紹介された言葉であり、その内容は十分に定義されたものではない。


 均衡という日本語は、英語で同等を意味するパリティー(parity)、同等という意味と同時に差し引き勘定をも意味するバランス(balance)、全体がうまく釣り合っている状態のエクィリブリアム(equilibrium)のすべての訳語として使われている。


 かつて冷戦真っただ中の一九八〇年ごろ、ソ連の核兵器がアメリカに追いつき追い越す状況となったことがあった。細かい技術ではアメリカに劣っていたかもしれないが、大陸間弾道弾の本数とその推力ではアメリカを(りよう)()して、いずれが優勢かの計算が難しくなった時期である。


 それを脅威と感じたのは、少しも過剰な反応ではなかった。軍事力では数が大きくものをいう。戦力比は数の二乗に比例するともいう。仮にアメリカのミサイルの命中精度を九九%、ソ連を九〇%として、ソ連が米国に追いつくには数で何倍もてばよいかを考えてみる。答えは二本でよい。最初の一発の生存率は一〇%であるが、二発撃てばそれはそのまた十分の一、一%になる。三本もたれるとアメリカは(かな)わないことになる。そういう危機感がもたれた時代だった。


 つまり、米ソ軍事力の均衡(ミリタリー・バランス・オブ・パワー)に大きな変化が起こり、米ソ間の核戦力のあいだにほぼ均衡(パリティー)が達成されたので、米国の力がソ連を抑えていたという従来の国際情勢の均衡(エクィリブリアム)が破れたのである。


 当時私は、それを日本語で、「均衡が変化して、均衡が達成されたので、均衡が破れた」といっては何が何だか分からなくなるではないかと、日本語の用語の混乱を指摘したことがある。


 しかしこの混乱は、日本語だけの問題でもないようである。


 欧米でも、時と場合によって、用語の内容に変遷があるようである。これから述べる十八世紀では、バランス・オブ・パワーという言葉は、エクィリブリアムに近い意味で使われることが多いが、最近では、ミリタリー・バランスという表現のように、軍事力の較差を意味する場合に使われることが多いようである。


 これから紹介するキッシンジャーの考え方のように、バランス・オブ・パワーは意図してできたものでなく、歴史的に自然に形成されるものと考えれば、それぞれの段階で、それぞれ時代的な意味があっても不思議ではない。


 それでは勢力均衡というものがどうして生まれてきたか、歴史を辿ってみたい。



 その発端は一六六〇─七〇年代にある。太陽王ルイ十四世は、ネーデルランドに対する相続権の主張を発端として始まった諸戦役で大いに兵を用い、その領土を拡張した。これに対して中央ヨーロッパ諸国は種々の抵抗を試みたが、フランスの強盛には歯が立たず、全欧州はフランスの覇権の下に入る形勢だった。


 しかし、ルイ十四世の軍の侵攻で滅亡の淵に立っていたオランダのウィリアム三世は、堤防の水を切ってアムステルダムを死守し、その後、イギリスに上陸して、カソリックのジェームズ二世を()って、英国の王権を継いで名誉革命(一六八八年)を達成するに至った。ここで一六八九年に英、蘭を中心とする対仏大同盟、グランド・アライアンスが成立した。


 それにはドイツ諸侯、オーストリア皇帝だけでなく、スウェーデン、スペイン、サボアなど全欧諸国が参加し、フランスの同盟国はトルコだけとなり、ここで初めて勢力均衡が成立して、さすがに強盛なフランスも抑え込まれた。フランスの力があまりに強大だったので、勢力均衡が必要になったのである。



 ウィリアムは、かつて側近に打ち明けたことがある。ハプスブルクが支配的になることが脅威だった一五五〇年代ならば、「自分は、自分が現在スペイン人に共感を持つのと同じだけフランス人に共感を持ったろう」。彼は、反ドイツだという非難に対する一九三〇年代のウィンストン・チャーチルの次の返答の先駆者であった。すなわち、「もしも状況が全く反対に変化したなら、我々は同じように、親ドイツで反フランスとなることが出来る」。

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