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二十一世紀をいかに生き抜くか 近代国際政治の潮流と日本
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政治・社会
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第七章 第二次大戦とは

『二十一世紀をいかに生き抜くか 近代国際政治の潮流と日本』
[著]岡崎久彦 [発行]PHP研究所


読了目安時間:20分
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 ヨーロッパにおける第二次大戦勃発の経緯はすでに論じつくされている。


 すなわち、第一次大戦の敗戦でドイツが課せられたベルサイユ条約は、客観的に見て不公平、苛酷なものであった。一九二九年の世界恐慌で、ドイツの自由民主主義体制であるワイマール共和国は終わりを告げ、代わって登場したヒトラー政権は、次々にベルサイユ条約の(しつ)(こく)から脱することを図り、ついに一九三八年には、ベルサイユ条約が定めた国境外のズデーテンラントの回復を要求した。


 英国政府は、ミュンヘン会談で(ゆう)()政策によってそれを許し、図に乗ったヒトラーは、全チェコを支配下に収め、一九三九年にポーランドの失地回復に乗り出した。英仏はそれを許さず、第二次大戦に突入した。


 大筋はそれで正確な歴史判断であると思う。


 キッシンジャーはそれをウィルソン的アプローチに帰している。



 皮肉なことに、国際関係へのウィルソン的アプローチは、ヒトラーにそれまでのヨーロッパ・システムが許容出来ると考えていた範囲を超えた進出を促す半面、ある時点を境に、イギリスがリアルポリティークの世界で考えられる場合よりも断固たる態度で一線を画すことを促すことになった。

(キッシンジャー『外交〈上巻〉』四四八ページ)



 たしかに、チェコではズデーテンラントの回復を許し、翌年ポーランドでは同じドイツ人居住区であるダンチヒの回復を許さず戦争するのでは、論理的整合性がない。


しかしながら、ヒトラーの理解を超えて変わってしまったのは、彼が道徳的に許容される線を踏み越えた途端、それまで民主主義諸国に柔軟性を生み出してきたのと同じ道徳的完全主義が、比類のない頑迷さに変わってしまったことであった。ドイツが、チェコスロバキアを占領した後、イギリス世論はそれ以上の譲歩を許さなくなった。……第二次世界大戦の勃発は単に時間の問題であった。

(キッシンジャー『外交〈上巻〉』四四九ページ)



 ジョージ・ケナンは、Democracy fights in anger──民主主義は(国家利益の計算でなく)怒ったときに戦争する、といっている。つまり英国の世論が怒ってしまったという単純な話である。


 ここでキッシンジャーのいうウィルソン主義というのは、国際関係において、道徳的規準に基づいて行動するというほどの意味であり、またそれは現代のアメリカにおいては一般的な用法である。


 英国の民主主義社会は、ベルサイユ条約の不公正さを是正するかぎりにおいては(たとえそれがレアルポリティーク上、許しがたい行為であっても)ヒトラーに寛容であったが、いったんヒトラーの行動が道徳的に許しがたいということになると(レアルポリティークの損得勘定を度外視して)怒って戦争した、ということである。


 このようにヨーロッパにおける戦争の原因については論じつくされていて、ほとんど異論というほどのものはないが、太平洋戦争の原因の分析は少ない。


 またその分析は容易なことではないようである。ジョージ・ケナンは、『アメリカン・ディプロマシー』(七二ページ)のなかでいっている。



 どうして日本との戦争に入ったかを説明するためには、戦争に至る半世紀間の歴史を説かねばならない。その間、選択は狭くなり続けた。戦争を避けるためには、長い過去の中にその可能性を探らねばならない。



 日米戦争の原因を遠くに遡って求めるのは、──ケナンとはまったく異なる意味においてではあるが──戦後の日本ではむしろ当たり前のことである。現在日本で最もポピュラーな通俗史観によれば、日本は日清日露の成功におごって、昭和の指導者たちが無謀な戦争を始めて滅んだことになっている。

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