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一隅を照らす生き方
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生き方・教養
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第四章 宇宙と人生

『一隅を照らす生き方』
[著]神渡良平 [発行]PHP研究所


読了目安時間:39分
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一 天空に舞うオーロラからのメッセージ


My work is done.(やるべきことはやり遂げた)

ジョン・スチュワート・ミル


思い遺すことのない人生


 冒頭の言葉My work is done.(やるべきことはやり遂げた)は、イギリスの哲学者ジョン・スチュワート・ミルが臨終のときに遺したものである。ジョンは心から笑みを浮かべて、みんなに感謝し、

「思い遺すことは何もない。いい人生だった。よく助けてくれた。ありがとう。感謝する」


 と言って死んでいったに違いない。見事な死であったろう。


 生と死の問題は、なぜか夜空を飾る星々を想起させる。永遠の生命というテーマは宇宙に関係しているからだろうか。そんなこともあって私は読者とともに、平成二十一(二〇〇九)年二月十二日から五日間、カナダのイエローナイフとフォート・シンプソンにオーロラを観に行った。


 私自身は二月十一日にバンクーバーで講演があったので、一行より二日前に行って講演を済ませ、十二日、バンクーバー空港で一行に合流し、飛行機で三時間余りかけて極北の地に向かった。


 北緯六十二度二十七分に位置するイエローナイフは北極海に面したノースウエスト準州の州都ではあるものの、人口はわずか一万七千人あまりの小さな町である。北極点をドーナツ状に取り囲むオーロラ帯(オーバル)はオーロラの発生率が高いので、その下に位置するイエローナイフは、オーロラ観察にはもってこいの場所なのである。


 ノースウエスト準州は日本の国土面積の三倍強の百十七万二千平方キロメートルあり、森と湖の大地が北極海まで続いている広大な土地で、人口はわずか三万人しかない。


 しかし、金やダイヤモンド、石油などの豊かな地下資源に恵まれており、それらの鉱山や採油所で働く労働者が四、五週間ごとに、グレートスレーブ湖畔に開けたイエローナイフに帰ってきて家族と休暇を過ごすのだ。従って準州の人口の半数がイエローナイフで暮らしている。


 この準州は六月になってようやく雪がとけるが、十月には再び冬が始まり、普通は零下三十度、時には零下五十度にも達し、文字通り雪と氷に覆われた極北の大地である。


 イエローナイフはそんな田舎町なのだが、オーロラ観測は町の光を避けなければならないので、さらに三十分ほどの郊外にあるオーロラ観測施設オーロラ・ヴィレッジまで行く。夜九時ごろホテルにバスが迎えに来て、十時ごろから、凍った湖の上で観測が始まった。


 私たちは初日の十二日は、残念ながら雲が出ていて観ることはできなかった。オーロラは太陽の黒点の活動によって起こる太陽風によって飛んでくる電子が、地球の磁気圏に入った時、電子に衝突して放電現象を起こし、地上一〇〇キロメートルから四〇〇キロメートルの上空で起こる現象である。そのため、低層に雲があるとそれにさえぎられて観ることはできない。


 それともう一つ、オーロラがなぜ北極や南極の極地でしか観られないのかというと、太陽風による電子は北極点と南極点近くにある地磁気極でのみ地球に入り込むので、地磁気極を取り囲んだドーナツ状のオーロラ・オーバルでしか観られない。


 カナダでオーロラ観測地として有名なのは、ユーコン準州のホワイトホースだ。ただここはフラットな大地であるノースウエスト準州と違って、カナダの最高峰で北米大陸第二位のローガン山がそびえる山岳地帯であるため、容易に近づけない難点がある。


 私たちは二日目の十三日、イエローナイフから飛行機でさらに一時間十分ほど西へ飛んだフォート・シンプソンという村に移動した。マッケンジー河とリアード河の合流地点に開けたこの町は、その昔はイヌイットなどカナダの先住民族から毛皮を買い取る交易所だったそうで、わずか数千人が住んでいる小さな村だ。


 私たちはリアード河畔のコテージを借り切って、オーロラ観測に挑んだ。しかし、この夜も雲がさえぎっていて観測することはできなかった。オーロラ観測は天候と運に左右される。天候がよくても、黒点の活動が不活発で太陽風が弱いと、オーロラは現れない。従ってオーロラを観ることができる確率は約三分の一である。私たちは真夜中の二時まで粘ったがオーロラを観ることはできなかった。


夜空に展開する光のページェント


 ところが三日目の十四日は晴天となった。私たちは昼間マッケンジー河まで出向き、凍りついてトラックも渡ることができる氷上でスノーモービルを走らせて遊んだ。夜になると満天の星空となり、待ちに待ったオーロラが現れた。


 東から西にかけて数千キロにわたって広がったオーロラが、薄緑色のカーテンのようにゆらゆら揺れている。天上からまるで薄緑色の光の矢が降り注いでくるような感じだ。カーテンの下の方は薄緑色だが、上空になるに従って赤い色がかかっている。


 私自身は平成九(一九九七)年十二月、アラスカのフェアバンクスでオーロラを観ていたが、みんなにとっては初めての経験である。

「オーロラは宇宙からのメッセージ以外の何物でもないなあ!」

「写真と実物では格段の差だね!」


 と、感嘆の声が方々から聞こえる。零下三十度という寒気に耐えるため、フェイスマスクをし、厳寒用の分厚いアノラックを着込んではいるが、それすらも貫通して寒気が忍び込んでくる。時折ロッジに駆け込んで熱いコーヒーを飲んで身体を温め、また戸外に出て夜空を見上げた。


 見上げているうちに、数千キロにわたるオーロラの帯が瞬時に動き、形が変わっていく。オーロラの天空の舞いに、ただただ心が揺さぶられ、ひざまずきたくなる。

「ああ、大自然はそのまま神だなあ」


 私は思わずため息を漏らした。この夜、オーロラは明け方まで観測することができた。


 ところで私はマッケンジー河やリアード河沿いに幾つかの飛行機の格納庫があるのに気がついた。案内人に「あれは何ですか?」と()くと、「ブッシュパイロットが使っているセスナの格納庫だ」という。


 ブッシュパイロットと聞いて私は興奮した。それまで極北の地の集落を、郵便物や物資を届けるため小型飛行機で飛んでいるパイロットがいるとは冒険小説で読んで知ってはいたが、実際に見るのは初めてだ。


 まったくの無人の荒野である極北の地では集落から集落へ移動するのに七、八時間ドライブするのは普通で、時には十四、五時間も運転しなければならない。しかもその道路は、冬季は凍結して通行不能になるので、もっぱら小型水上飛行機が頼りになる。小型水上飛行機は、夏場は川や湖を滑走路に使い、冬場は雪原を滑走路にするのだという。


 そんな格納庫を散見して、私は改めて極北の地までやってきたのだと実感した。


新田次郎が描いたオーロラ


 オーロラというと、新田次郎が『アラスカ物語』(新潮文庫)で、主人公のフランク安田が遭遇した様子を次のように描写している。

「空で光彩の爆発が起こっていた。赤と緑が絡まり合って渦を巻き、その中心から緑の矢があらゆる空間に向かって放射されていた。彼に向かって降り注がれる無限に近いほど長い緑の矢は間断なく明滅をくりかえしていた」


 フランク安田は氷に閉ざされて動けなくなった米国沿岸警備船ベアー号の救出を求めて、一二〇マイル南にあるアラスカ大陸を目指し、そこからさらに北東に二〇マイル進んだ所にあるポイントバローを目指し、真っ暗な雪原を歩きつづけなければならない決死行の真只中にあった。

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