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学校では教えてくれない日本史の授業 悪人英雄論
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歴史
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第二章 持統天皇──なぜ、自分の遺体を「火葬」にしたのか?

『学校では教えてくれない日本史の授業 悪人英雄論』
[著]井沢元彦 [発行]PHP研究所


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〓『古事記』によって天皇は神格化された



 古代日本最大の内乱、(じん)(しん)の乱で勝利した(おお)()()皇子は、飛鳥(あすか)(きよ)()(はらの)(みや)で即位し、天皇((てん)()天皇)となります。そして、この大乱に勝利し、国を治めたことで、天武天皇は、それまでの天皇にはなかった絶対的な権力を手にすることになります。


 そのことを如実に伝える歌が『万葉集』に残っています。


(おお)(きみ)は神にしませば(あか)(こま)のはらばう()()京師(みやこ)となしつ



 これは、壬申の乱の際に天武軍の将軍を務めた(おお)(ともの)()(ゆき)()んだ有名な歌です。天武サイドの人間が詠んだ歌なら天皇を讚えるのは当然だろうと思うかも知れませんが、実は、この「大君は神にしませば」という天皇を神のごとき超人的存在として讚える文句は、これ以降繰り返し歌に詠まれるようになります。


大君は神にしませば天雲の(いかづち)のうえにいおりせるかも (柿本人麻呂)

大君は神にしませば水鳥のすだく()(ぬま)皇都(みやこ)となしつ (作者不詳)



 地方ごとに有力な豪族がいたこの時代は、それぞれの地方で権力を持っていた者が「きみ」という尊称で呼ばれていました。そうした各地の「きみ」に対し、天皇家が(いず)()()()(現・岡山県)などを征服し、強大になっていったことで、特に「おおきみ」と呼ばれるようになったのだと思われます。


 ちなみに、「きみ」はもともと日本語(大和言葉)なので漢字はありません。『万葉集』では「おおきみ」に「大君」の字があてられていますが、その後「大王」の文字が用いられるようになります。これは、中国の文化が入ってきたことで、中国語で読むと「だいおう」となるこの文字が用いられるようになったのだと考えられます。


 日本で「天皇」という称号の使用が正式に規定されるのは、八世紀初頭に制定された大宝律令ですが、「天皇」という称号が使われ始めたのは、その直前の天武天皇から()(とう)天皇の治世にかけてのことだと考えられています。奈良県()()()村の飛鳥(あすか)(いけ)遺跡からは、「天皇」と記された(もつ)(かん)が出土されたことからも、律令制度が整った天武・持統天皇の時代に、「天皇」という称号が存在したことがわかります。


 実は、天皇に用いられている「皇」というのは特別な字で、本来は中国の皇帝にしか使えないものでした。そのため中国では、中国本土を治める人間が「皇帝」で、周辺国家の首長はすべて「国王」という称号を用いていました。つまり、「王」という称号には、「皇」と比べて一段格下の存在という意味があるのです。実際、朝鮮半島にあった三国(新羅(しらぎ)(こう)()()百済(くだら))の首長もすべて「国王」という称号を用いています。そうすることで中国に対して臣従の姿勢をとっていたわけです。これは当時、中国と国交を持っていた琉球王国も同じでした。


 そんな中で日本だけが「皇」の文字を用いた「天皇」という称号を使ったのです。東アジアの国の中でこのようなことをしたのは日本だけです。そんなことができたのは、日本が海に囲まれていたお陰で大陸からは攻めにくいという地理的利点があったからだとされています。でもそれ以上に、我々は中国皇帝の配下ではない、特別な立場なんだということを明確にしたいという意識があったことも確かでしょう。だからこそ、聖徳太子は、「日(いづ)(ところ)の天子 書を日没する処の天子に致す」という、対等の立場であることを強調した国書を中国皇帝に送り、そのことが中国の歴史書に、こんな無礼な国書を日本という野蛮な国が送ってきたと記録されているのです。


 このときの国書には「天子」という言葉が用いられているので、聖徳太子の頃すでに「天皇」という称号を使っていたかどうかはわかりませんが、「天子」というのは、天からこの世を治めることを命じられた特別な人物という意味なので、意味としては天皇とほぼ同じです。


 天皇家は(あま)(てらす)(おおみ)(かみ)の血統を受け継ぐ(ばん)(せい)(いつ)(けい)の血筋であるとされていますが、この論拠となっている『古事記』の編纂を命じたのも天武天皇です。その神話に基づき、天皇家の祖神である天照大神を(まつ)る伊勢神宮では、主祭神・天照大神の名は「皇」の字をつけた「(あま)(てらし)(ます)(すめ)(おお)()(かみ)」と表記しています。


 おわかりでしょうか、天武天皇は、「皇」という特別な文字を使うことで天皇の神格化を進めていったのです。


 つまり、まずは「大君は神にしませば」という文句を歌に詠ませることで「大君(大王)=神」というイメージを植え付け、その後、「天皇」という異なる意味を持った称号を用いることで、それまでの「大君(大王)」という称号が持っていたグループの中のトップというニュアンスを(ふつ)(しよく)し、他の王とはまったく違う、絶対的な権力を持つ特別な存在に作り上げたのです。

「天智天皇」の項で『日本書紀』の編纂が、天武天皇の出自と血統を隠すために利用されたということを申し上げましたが、同じように、天武天皇が編纂を命じた『古事記』には、天皇の神格化という大きな意味が隠されていたのです。

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