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若き日の和辻哲郎
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ルポ・エッセイ
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第2章 「大正・昭和の文化人」論争

『若き日の和辻哲郎』
[著]勝部真長 [発行]PHP研究所


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1 座談会「大正・昭和の文化人」



 昭和四十六年二月号の雑誌『心』(平凡社)に、「大正・昭和の文化人」と題する座談会がのっている。竹山道雄・唐木順三・鈴木成高・林健太郎・市原豊太といった顔ぶれで、和辻哲郎・安倍能成・長与善郎を俎上に、人物月旦を試みていて非常に面白いものである。なかに竹山道雄は、和辻を「謎の人」といって、その未知の部分を問題にしている。その一部を引用しよう。


唐木 纒まったものを作ったということからいえば、僕は和辻さんが第一だと思うんですね。大体大正昭和というのは明治に比べて詰まらなくなった、小粒になった時代という感じは今でも変わらぬけれども、和辻さんなんかを読んでみると、纒まったという点では実に纒まった仕事をなされた。それはもう確かだと思う。

竹山 それでは和辻先生の話を少し……

唐木 まあ待って下さいよ(笑声)、僕は大正昭和というのはどうも明治に及ばぬという考えが前提にあるからね、初めに竹山の趣旨に反することを言ってしまうかもわからぬから、後回しにして下さい。

竹山 僕は和辻先生というのは、非常に立派な人だと思うけれども、一寸謎の人だと思うんですよ。安倍先生に聞いてみたんです。和辻先生は若い時にはどういうふうな人でしたかと言ったら、あれは激情家だ、って言うんですよ。僕ら接した頃は本当に沈静透徹な人で、激情なんて全然感じる事がなかった。それを理知の人というより情の人だといわれるんです。和辻先生の若い頃の事件というものを少し知ってみると、飛んでもない事をやっているんですよ。昔のアプレだな。あれはいつ頃になるんですかな。

唐木 あれはね、たぶん「偶像再興」の時代ですよ。「古寺巡礼」へ行く一寸前。



 正確には、一高卒業の明治四十二年、二十歳から、同四十五年、二十三歳で結婚するまでの、三年間の出来事である。


竹山 奥さん貰ってから非常にきちっとなっちゃって、よほどいい奥さんだと見えるんだけれども、奥さんは早く貰ったんでしょう。

唐木 そうそう。二十三、四くらいでしょう。

竹山 ところが、奥さんを貰う前にやった事は、本当のアプレですね。それを知っているのは今は亀井高孝先生だけです。だけれども、個人的なスキャンダルに類することですから、そんなこと言っていいのかな。

 私は、今井登志喜先生からそういうような話を聞いた事があります。詳しい事は知りませんけれども、まあ当然そういう事はあったろうと思います。

竹山 私の聞いたところでは、大江卓という自由民権の……

鈴木 それは高知の人ですよ。

竹山 それが神奈川県の県令をしてた。その頃の県令といえば非常な権威があったんですね。ペルーかどこかの船がシナ人を何百人か奴隷にして運ぶ途中横浜へ入港した時に、奴隷なんていうのはけしからぬと言って、すっかり解放した。それが国際的な問題になった。それがイギリスの司法官によって正しいことだと裁定されて、そのシナ人は救われた。また日本の社会の中にも差別があるのはけしからぬというので、県令でありながら部落に出かけて行って、一緒に酒を飲んだりしたそうですね。その大江卓の娘さんが嫁に来ていたのが和辻さんの家の側なんです。


 和辻さんは停学になった事もあったそうですが、若い頃の和辻先生について安倍先生は、非常に才人だったが功利的なところもあったなど、こう言われた事もあるんで、やっぱりああいう先生でも色んな過程を経てああいうところへ行ったのかと思います。



 和辻の場合、正確には「停学」ではなくて、「学長訓戒」というものであった。


唐木 僕は割合和辻さんに会っているんで、竹山さんのお話も腑に落ちるようなところがかなりあるんです。一つは、今は活字になっている事だけれども、安倍能成さんが和辻さんの若い頃に放情の時代があったという事を言っている。これは非常に抽象的ですけれども、放情のもとが何であるかという事はなにも書いてないんです、安倍さんも。和辻さんも勿論自分では書いてない。しかしそれは「偶像再興」のあたりで見ると、さっきお話しになったような、そこまで僕は知らなかったけれども、かなり色々な事をやったという事は察しがつくし、そしてその遊び相手は和辻さんから直接聞いたのでは、小宮さんと相当遊んだようですね。その相手は玄人であったという。

竹山 一寸考えられない、そんな事は。

唐木 しかし自分でもそういう事は抽象的には書いていますね。

竹山 安倍さんがね、和辻の自叙伝が途中で終わった事は非常に残念だと書いている。

唐木 私もそう思う。

竹山 結婚までのSturm und Drangの時代の事を書いておいて貰いたかったとありますがね。それは実際そうですね。

唐木 書けたかどうかって事は分らぬけれども、そこは非常に疑問のところで、疑問の前で終わってしまっている。

 私は竹山先生がそういうことを何故そんなに不思議にお思いになるのか分らないんです。私は和辻先生とは個人的にお近づきになった事はありませんので、先生の人物については何も言う資格がありませんけれども、和辻先生は、そもそも「新思潮」の同人でしょう。谷崎潤一郎だとかああいう人達と一緒でしょう。だから学者である前に芸術家であったわけです。

唐木 短編だけれども小説も書いている。

 それから、これは妙なことをいうようですが先生は、大変立派な顔をしていらっしゃったでしょう。だからお若い時にそんな事があったって……



 和辻は身長一七〇センチ、当時としては長身の、スラリとした均衡のとれた、色白の美男子であった。


唐木 一寸待って下さい。激情と竹山さんが仰しゃったけれども、自分で「自叙伝への試み」の中に、実に癇癖が強いということ、それがお祖父さんとお父さんからの遺伝だって事を書いている。そしてお祖父さんの方は癇癖を外へ発散させるけれども、お父さんの方は内攻して非常に陰鬱な、心の中へこもるというような鬱情型で、自分は父に似ている、という事を書いている。それで僕は昭和十五年ぐらいから先生のところへ出入りしたが、非常に癇の強いのを我慢しているという態度がね、よく分るんですよ。それはもう非常によく分る。何か話をしていて、自分の感情が激してくると、一言も仰しゃらない。黙ってね、膝を手で擦って、言葉を発しまいと我慢しているようなところがあった。まあ癇癖、癇癪というか、それが非常に強い人だったという事は分りますね。そうしてね、何か自分の心臓発作の事を書いている時にね、自分の感情の激発が心臓の許容量を越す時に発作が起こる、という事を書いていますよ。それは非常に強い激情を持っていた。林さんの仰しゃった初期の「新思潮」ですね、文学者、小説作家として出発するということ、それは僕はそうだと思うんですけれども、しかしどうして急に屈折して行ったか。例えば「ニーチェ研究」それから「キェルケゴール」まであれが続いて、急に屈折して「古寺巡礼」「日本古代文化」、あっちへ行ってしまう。あそこは非常に疑問でね、そこからもうさっきのアプレとか、そういうのが消えてしまいますね。少なくとも活字の上では消えてしまう。あそこが僕には非常に疑問なんですよ。だから、僕は前に書いたけれども、近代のニヒリズムというものと和辻さんは血縁がなかったと思うんですね。ただ観念の上でニーチェをやりキェルケゴールをやったんで、その陰影というか、その影がないですよ、もう「日本古代文化」からは。そこが非常に僕は疑問なところです。



 和辻の場合、西欧近代のニヒリズムではなくて、仏教的ニヒリズムが根底にあると思われる。


竹山 僕らが接した時には、もう先生は、何というのかな、冷静そのものでね、澄み切ったものでした。

竹山 それから、和辻先生でもう一つ分らないのは、どうしてああ奥さんにたいして絶対帰依したかということ。

唐木 それは僕も疑問だな。(笑声)

竹山 阿部次郎と奥さんと、今で言えばあんな事は何でもない事でしょうけれども、変な事があった。キスをして下さいませんかと言った。

唐木 縷々書いていますが、あれは本当じゃないと思う。その事実は本当であったとしても、雰囲気は違うように思うな。

竹山 先生はその前後の事情を聞きもしないで、断然奥さんの方をひいきにして、次郎は悪いやつだという事に決めちゃってるんですよ(あるいは私の考えちがいかも分りません)。

唐木 それで絶交状を出すんです。和辻さんが。その絶交状の写しがあるということですが、絶交状ってものは、写しなんか取って書けるもんじゃないんだね。その写しがちゃんとあったという事が、僕は非常におかしいと思う。

竹山 それは「黄道」にあるんですか。



 阿部次郎との絶交にいたる事件については、和辻照著『和辻哲郎とともに』(新潮社、昭和四十一年刊)の一九二頁あたりからに詳しく書かれている。

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