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若き日の和辻哲郎
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ルポ・エッセイ
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第4章 谷崎の文壇的成功

『若き日の和辻哲郎』
[著]勝部真長 [発行]PHP研究所


読了目安時間:27分
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1 ケーベル先生の影響



 谷崎は小学校の頃から漢詩を作ったり、和歌をよんだりして、神童といわれた。長ずるに及んで、すぐれた物語作家として大成してゆくが、その根本にはつねに詩情があり、つねに瑞々しさを失わなかった。詩情が枯れないから、生産力が衰えないのであった。老人を扱った作品にさえ、瑞々しさがあった。


 和辻も、少年時代から詩が好きで、終生、詩情を大事にしていたことは、次の島崎藤村への手紙にも明らかである。これは藤村の『夜明け前』第一部を贈られた時の、和辻の礼状のなかの一節である。


御作を拝読して強く感じました事は、私が十八九の頃に愛読いたしました「若菜集」や、「一葉舟」の著者が、この作の中にも溌溂として生きている事でした。私は自分の生涯にとって、あの情詩が忘れられないものであると共に、あの情詩が姿をかえて木曽谷の描写や、宿駅の人々の生活の描写などの底に、内面的な基調として静かに強く流れているのを何とも云えぬ嬉しさで以て味いました。先生の中の情詩人は、先生と同じように老熟し切っている。そう思わずにいられませんでした。詩を求める、という事を今の若い人は笑います。しかし詩がなくてどこに文芸があるかと私は思って居ります。私たちの時代の人は、志賀でも谷崎でも、佐藤春夫君でも、皆詩を持っていると思いますが、ソロバンで弾いた様な小説が喝采をうけるようになってから、私はだんだん雑誌の文芸に興味がなくなって了いました……基調になっている詩が、実に爽やかで、清らかで、魂を洗われる様な気持の致すことも、特に際立って感じました。

(昭和七年三月二十二日 書簡『藤村全集』)


詩がなくてどこに文芸があるか」という想いは、和辻にあっては「詩がなくてどこに哲学があるか」と置きかえてもよい程のものである。和辻が創作や戯曲に熱中したのは、その詩情の吐け口であったろう。和辻自身は、詩作を残していないけれど、創作・戯曲の後に哲学的・歴史的の著作をつぎつぎに書いたのも、みな彼の詩情が根本にあっての発露であったとおもわれる。『古寺巡礼』も詩である。『風土』も詩である。随筆「巨椋池の」「京の四季」にいたっては、徹頭徹尾、詩である。


 和辻にあっては、詩と哲学とが共存していた。詩人哲学者という言い方が許されるなら、まさにそれであろう。和辻を哲学に導いたのは、先輩の魚住影雄である。魚住は姫路中学の先輩で、年からいえば七つ上であった。和辻が一高に入ると入れ違いに出て、東大の哲学に進んだ。そし大学内の事情を説明して、「この人につきたいと思うような教授は皆哲学科にいて文学科にはいない。哲学のケーベル先生、美学の大塚先生、心理学の元良先生、皆そうである」と言った。「将来職業として何を選ぶにしても、こういう一般的教養を身につけていることは、是非必要だ。たとい君が英国の詩人の研究に没頭するにしても、或はさらに君自身が詩人として詩作に没頭しようと考えるようになったとしても、一般的教養を身につけ、広い眼界を持って人生を見渡し得るようになったということは、決して後悔しないであろう。況んや、ケーベル先生の如き優れた哲学者の教を受け得るということは、われわれの年配の青年たちの持っている非常な幸福なのである」と熱心に説いた。


 魚住の意見をもっともと考えて、和辻は志望届けを哲学科に出したが、それは「必ずしも哲学を生涯の仕事としようという決心がついていたわけではなかった。だからその後にも哲学の勉強に精力を集中するというわけではなく、興味の湧くままいろいろと勝手なことをやった。」(『自叙伝の試み』)


 東大の学生としての和辻にとって、印象にのこる面白い講義は、岡倉天心の「泰東巧芸史」と、大塚保治教授の「最近欧洲文芸史」、それに滝精一講師「日本美術史」、関野貞講師「建築史」であった。岡倉講師が、中国の(ぎよく)を説明するとき、片手の親指と人差指とで、玉をはさむ恰好をして、こちらを見る、その目つきで、いかにも玉の肌触りの感覚が伝わってくる、と後々まで思い出して語った。


 しかし一番熱心に聴いたのはケーベル先生の哲学講義である。魚住にすすめられていたが、教室の一番前列の席に坐って、その英語の講義をノートにとり、内容もあらかじめ予習してきて聴くから、よく解って嬉しかったという。「廊下をゆっくりと静かに歩いて来られる先生のにこやかな、清らかな顔は、実際神々しいものに思えた。」「講義に出はじめてから間もなく、魚住君が『あの青年は私の講義に同情を持っている』という先生の言葉を伝えてくれたとき、自分の気持が先生に通じたことを喜ばずにはいられなかった。」


 やがて和辻は、魚住につれられて、お茶の水の崖の上にあった洋館のケーベル先生の家へ、晩餐に招かれ、身近かにその人格に接触し、人格的感化をうけるようになる。

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