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(2021/11/26 追記)

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弟子・藤井聡太の学び方
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教育
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第一章 「勝つ力」は「好き」と「悔しさ」から生まれる

『弟子・藤井聡太の学び方』
[著]杉本昌隆 [発行]PHP研究所


読了目安時間:39分
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純粋に面白い将棋



 将棋の世界を切り拓いてきた才能に共通するのは、将棋を覚えて熱中した年齢が早いということです。

「中学生棋士」でいえば、加藤一二三九段は小学生になる前、谷川浩司九段が五歳、羽生善治竜王・棋聖、渡辺明棋王が六歳、そして藤井聡太が五歳です。また、囲碁の井山裕太七冠は五歳です。才能の開花に、始めた年齢は一つの重要な要素です。


 しかし、その才能を十全に伸ばすには、家庭や教育の環境とともに、いかに情熱を持ち続けることができるかも、また同様に大切な要素となります。これから紹介していくのは、藤井の才能の豊かさとともに、将棋に向けた情熱の激しさでもあります。


 藤井が所属していた東海研修会の入会資格は、原則として二十歳以下のアマチュア有段者です。つまり、地元の大会では必ず上位に入るような子どもたちが集まってきます。


 研修会に入会直後の藤井は、年齢のわりには強いにせよ、まったく敵なしというわけではなく、三つ、四つ年上にはもっと強い子がいました。


 ところが、そこから加速度的に強くなる特別な存在となります。ずいぶん年上の子が「今のうちに藤井君の色紙、もらっておこうかな」と冗談まじりに言うほど、それは図抜けていました。


 入会直後、私は四枚(()(かく)(きょう))落ちで藤井と対局し、勝ちました。半年後の九月は二枚(飛角)落ち、その半年後には()(きょう)落ち。つまりコンスタントに手合いが一つずつプロに近づいてくるのです。

「はじめに」で紹介したように、私は藤井が小学三年のときに中学生相手の感想戦で示したアクロバティックな指し手にあまりに感動したので、この棋譜を書き留めて、事あるごとに他の棋士に見せて自慢したものです。それほど藤井の才能に魅入られていました。


 実力的にはアマチュア二、三段の時代。総合的な実力でいえば、まだまだ力不足です。ところが、一局に一手は実に派手な手が飛び出します。プロのこちらも気がつかない「なるほど」と膝を打つような離れ技が出るのです。


 もちろん、子どもなので、多くは無理筋だったり悪手だったりと粗削りではあったけれども、ひらめきには天性のものがあり、実に豊かな発想と表現力がありました。


 ひと言でいうと、藤井の将棋は見ているだけで楽しい。純粋に面白い。空中サーカスのように駒が飛び交う……といった将棋です。それが実際に何を意味するかは、のちほど詳しく見ることにします。


将棋盤を抱きかかえて号泣



 幼いころの藤井が負けると大泣きしていたのは、今や有名なエピソードになりました。私も数回、その現場に立ち会っています。


 研修会で対局中のことです。藤井は投了すると同時に目の前の将棋盤を抱きかかえ、顔を盤面に押しつけて、火がついたように泣き叫びます。この子はけがでもしたのか、お腹でも痛いのか、と心配になるほど号泣するのです。


 知らない人が見ると、ただならぬ光景です。対局時の会場は比較的静かなので、周りはびっくりして何が起こったのかと振り返ったり近寄ってきたり……。

「どうしたの?」「大丈夫?」


 横で見ていた私が声をかけても、対局相手が慰めても、まったく取りつく島がない。心配と戸惑いのほうが先に立ち、叱ったりたしなめたりする状況でもありません。


 小学二年のときでした。藤井が勝っている局面で、反則負けをしたことがありました。相手の子に「それ、反則だよ」と意地悪そうに指摘された瞬間です。「負けました」とは口にせず、投了が相手にも伝わるよう頭を下げたと同時に、顔を真っ赤にして将棋盤にしがみつき号泣です。


 そばで見ていると、もう立ち直れないのではと気を揉むくらいに泣き伏しているのですが、研修会では一日四局は指します。次の手合いが決まると、もうケロッとしています。


 次の対局に負けを引きずることもありません。その意味では切り替えが早い。明らかにプロ向きの性格だと思いました。


 最後に泣いているのを見たのは、名古屋で開かれた「将棋の日」の前夜祭で、小学二年の藤井が谷川浩司九段に指導対局していただいたときです。三面指し(一人の上位者が、三人の下位者相手に三局同時に指す対局)で、手合い割りは二枚(飛角)落ちです。


 上手が入玉して、下手の藤井が敗勢の局面です。勝ちの決まった谷川九段は相手の藤井に気を遣い、「引き分けにしようか」と提案されました。


 その直後です。藤井は顔を真っ赤にして大泣きです。負けて泣く子はいますが、引き分けを提案されて泣く子は見たことがありません。


 私はたまたま隣で別の指導対局をしており、あわててそちらに割って入りました。当時は藤井と師弟関係ではありませんでしたが、研修会の幹事と生徒の関係です。まず藤井を慰めます。

「藤井君、どうした? そうか、入玉されたか。残念だけど仕方ないね」

「うわああああん」


 谷川九段は事情を知らずに困惑されています。

「谷川先生、すみません。この子は研修会の子なんですよ」

「そうですか。どのクラスなのですか?」

「うわああああん」


 冷静さを保とうとする大人二人の会話も、泣いている子の横ではむなしく、何事かと人が集まってきます。騒ぎを聞きつけた藤井のお母さんが駆けつけてきて、周りに謝りながら無理やり藤井を将棋盤から引きはがし、引きずるように会場の外に連れて行きました。


 藤井は負けたことが自分ではっきりわかって、将棋盤から離れたくなかったのだと思います。私からすると谷川九段にご迷惑をかけたのでは……という思いもありましたが、それからわずか六年で藤井が棋士となり、連勝記録まで打ち立てた今、谷川九段が自著『中学生棋士』(角川新書)でよい思い出として書かれていたのを読んで、私も救われた思いがしました。


次に向けたリセットの儀式



 私はこれまで何千人にも及ぶ子どもを指導してきましたが、いまだかつてあれだけ激しく泣く子を見たことがありません。逆にあれだけ切り替えが早い子も見たことがない。


 投了と同時に、その場でポロポロ泣き出す子はいます。声を上げて泣く子の多くは、母親のもとに駆け寄って行きます。母親に抱きついて泣く子は多く目にしましたが、将棋盤にしがみつく子は見たことがありません。


 自分が負かされた将棋盤からは、なるべく早く離れたいのではないかと思うのですが、逆に離れようとしない。「この子は本当に将棋なしではいられないんだな」と感じ入りました。


 見ていると、負けて泣くときと泣かないときがあります。逆転負けしたり悔しい負け方をしたりしたときによく泣いて、はっきり完敗だと認めた勝負のときにはあまり泣きませんでした。


 私が泣かれたことがないのは、私の将棋のスタイルが比較的オーソドックスなので、リードを保って完勝するからでしょう。相手からすれば完敗だから負けたこと自体は悔しくても、「失敗した」とは受け取れないはずです。


 負けて泣くのは、気分をリセットするために必要な儀式だからでしょう。負けた悔しさを将棋盤に向かって発散させて昇華する。特に感情のコントロールができない幼児期は、泣くことが次に向かうモチベーションにつながります。


 そうした挫折と浄化と再起を何度も繰り返し経験したことが、藤井が短期間で強くなった要因の一つでしょう。

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