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弟子・藤井聡太の学び方
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教育
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第四章 師匠は何を教え、弟子はいかに学ぶか

『弟子・藤井聡太の学び方』
[著]杉本昌隆 [発行]PHP研究所


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弟弟子のひたむきさに学ぶ



 弟子入りのときに、私は藤井にこんなことを告げました。

「君は必ず兄弟子たちよりも強くなり、一門でトップになるだろう」


 これは私がかつて師匠に言われたせりふの受け売りです。そして、こう加えました。

「それでも先輩は先輩だし、後輩は後輩だ。だから兄弟子を軽んじるような態度や発言はしないように」


 兄弟子を(うやま)え、という意味ではありません。むしろその逆で、兄弟弟子は年齢に応じた配慮さえあれば基本はフラットな関係であるべきだと私は考えています。藤井より年長の弟子たちにはこう言います。

「強さはこの世界の基本。年上だからといって高圧的な態度はとらないように」

「師弟」「兄弟弟子」という響きには独特のものがあり、厳しい縦社会だと思われがちです。たしかにその部分もあります。


 ですが、年長者がそれを意識しすぎると、この世界にいる目的、本質を見失います。「あいつは仕事は出来るけど礼儀がなっていない」。こう言わなければいけない先輩も、言われる後輩も不幸です。元々「将棋が強くなる」という目的で集まっているのに、お互いに違う部分に労力を割かなければいけないからです。


 だから、兄弟子も先輩だからといって弟弟子に威圧的な態度をとってはいけないし、逆に弟弟子はたとえ将棋が強くなっても兄弟子をないがしろにしてはいけない。それは、まず人として間違っている。互いに気遣ってこそ、前向きな関係が築けるということです。


 兄弟子の存在は、師匠と同じくらいの影響力があります。たとえば強い兄弟子がいた場合、弟弟子は師匠でなくまずその兄弟子を目標にします。将棋に真摯に取り組む兄弟子がいれば、その一門は常によき緊張感に包まれるでしょう。


 逆に不真面目な兄弟子がいると、その場の空気が濁ります。純粋に強くなることを考えると、同じ志を持っていることが大事なのです。


 しかし、年長者からすれば、自分より弱い年下と指すのは時間の無駄だと思いがちです。その気持ちもわかります。ただ、そこから学べるものも必ずあります。


 私が弟子と将棋を指して一番勉強になるのは、将棋に対する姿勢です。弟子が伝えられるのは技術ではなく、将棋に対する熱い思いであり、最後まで頑張り抜く気概しかありません。


 だから弟子たちには、「兄弟子に気づきを与えるようなひたむきさを、思いきり見せてほしい」と伝えます。


 私たちは年齢を重ね、経験を重ねると、いろいろなことがわかってきます。わかるがゆえに、いろいろなことをついつい見切ってしまいます。まだすべてが終わっていないのに、自分で早々と結論を出して、あきらめたり(あなど)ったりしてしまうのです。


 一局の将棋でいうと、まだ負けていないのに、「この一戦は無理そうだ」とか「もうすぐ自分は投了だろうな」と考えます。それは、おおむねその通りになります。なぜなら、そう思った時点で負けているからです。間違っても逆転できません。


 しかし、往々にして若い弟子は経験が浅いゆえに、とことん頑張り抜きます。技術は未熟でも、そこには一途な闘志があり、その闘志がこちらを揺さぶります。「なかなかしぶといな」。その手応えひとつでも得るものがあります。


 幼い藤井は負けた途端に泣きわめきました。それだけで、ものすごいメッセージでした。「一局に負けただけで、これだけ悔しがれるものなのか」。私は戸惑いながらも心を打たれていました。


師匠との間では築けない関係



 奨励会に入った弟子たちとの研究会は、月に多くて二回。名古屋市の「杉本昌隆将棋研究室」で、土・日曜日の午後一時から午後七時ごろまで開きます。自由参加で参加費もありません。四人集まれば、リーグ戦のような形で持ち時間をつけて対局させます。


 研究会が始まる前に、弟子たちが誰からともなく「ちょっとやろうか」と声をかけて、十秒将棋を指し始めることがあります。これが異様に白熱するときがあります。


 藤井の影響で、弟子たちみんなが詰将棋を解くようになりました。藤井が詰将棋を解き始めると、兄弟子たちも加わって、これも結構盛り上がります。


 せっかくみんなが一生懸命取り組んでいるのだから、開始時間を過ぎても止めません。黙ってみんなが詰将棋を解くのを待ったり、私も一緒になって解いたりします。研究会は将棋をすることが目的なのではなく、要はみんなが強くなればいいのです。


 詰将棋に押されて、研究会の将棋を始めるのが午後一時半からになることもあります。一日三局を指す予定が二局や一局で終わることも珍しくありません。私の性格上、きっちり決めるのは好きではありません。基本的に弟子たちの自主性に任せます。


 仲がよくても、弟子たちは互いにライバルです。誰かが昇級・昇段すると、「自分も上がらなければ」と、間違いなく周りは刺激を受けます。


 早く追いつこうとがんばる。追いつかれた側はまた追い越したいと努力する。師匠よりも兄弟弟子たちの活躍のほうが確実に影響があるのです。


 たとえ棋力に差がついても兄弟弟子たちは、藤井からみれば一緒に勉強していて楽しい仲間なのでしょう。これは同門の弟子同士ならではの関係であり、私とでは絶対に築けない関係です。だからこそ大事にしたいと思います。


 藤井の兄弟子たちは、みんなひたむきに将棋に向き合っています。久々の研究会で藤井と二人の兄弟子がそろったときです。みんなで夕食をとり、自宅が遠い藤井が先に帰った後、兄弟子たちは残って将棋を指し続けています。「泊まっていくか?」と声をかけ、三人でスーパー銭湯に行きました。


 風呂上がりに「何か食べて休憩しようか」と声をかけると、「それより早く帰って将棋が指したいです」。私の自宅で十秒将棋を指す二人に私が加わり、三人で指す対局は深夜に及びました。


 弟子たちはみんな将棋に費やす時間を決して惜しみません。藤井と気が合うはずです。


 私たちの世界は強さがすべてです。偶然もコネもなく、純粋な勝負の世界です。実力で上がってきた若者には同業者として敬意を表しますし、弟子相手でもそれは同じです。


 数年前、同郷のよしみで私から声をかけ、愛知県一宮市出身の豊島将之八段や三重県在住の澤田六段、板谷一門の村田顕弘六段らと研究会を行っていました。


 実際に盤を挟んでみてわかりました。高い技術はもちろん、彼らは例外なく将棋に対して非常に真摯です。親世代の私が言うのはおかしいかもしれませんが、彼らの将棋に向き合う姿勢は尊敬に値します。


成長を大きく促す兄弟弟子



 藤井の兄弟子はみんな年上ですが、長いつき合いなので、敬語は使っていても同級生に近い会話です。兄弟子たちも「昔から大人びているから、あまり年下という感じがしない」と話します。実際、藤井はいつも年上と対局してきたので、それだけ大人びているのかもしれません。


 藤井は公式の場では感情をあらわにするようなことはありませんが、兄弟子には前述したように、むき出しの闘争心を見せることがあります。逆にいえば、それくらい兄弟子とは遠慮せずに素の自分を見せることができる関係だということです。


 思ったことをそのまま言える関係は貴重です。遠慮していては、お互い勉強になりません。悪手は悪手と指摘する。何でも言える関係があってこそ鍛えあって強くなれます。


 その意味で、自分よりも少し強い兄弟子の存在は貴重です。相手が強すぎると、どう対抗すればいいのかわかりません。負け続けると嫌になってしまいます。けれども、目標が近くに見えると、立ち向かっていきやすい。

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