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遅咲きの人間学 大器晩成のすすめ
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生き方・教養
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文庫版に寄せて

『遅咲きの人間学 大器晩成のすすめ』
[著]邑井操 [発行]PHP研究所


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 人間の最終的しあわせは、健康で長生きし、活気のある生活を送ることだろう。


 人生の終点から見かえれば、価値ある仕事に従事しながら、中道に(たお)れる人、年若くして鬼籍に入る人は、不幸この上もない。


 近頃、優秀な会社のトップや幹部が、突然思いがけなく死ぬことの多いのに一驚する。


 思いを残して逝く本人の無念さ、家族や、知己たちの悲しみを思うと暗然となる。


 男の厄(やく)は今や四十二歳ではなく、五十代前半である、ことが定説となっているときくと、呆れる思いである。折角人生八十年代の長寿国になったというのに、これでは全く意味がない。突然死する人の共通項が、


 1、体に自信がある、2、仕事に忠実である、3、妻の忠告をきかない。


 ことにあるという。1、2はむしろ人として美徳であろう。ただ3は反省を要する。どちらにしてもこの指摘に思い当る向きは、この辺でお鉢が回ってこないための深甚な反省と考察が要求されよう。


 人生は、長丁場だ。目前のめまぐるしさに一喜一憂したのではコナゴナになる。頭寒足熱は健康体のしるしだが、精神も肉体同様でありたい。頭熱足寒となれば命を縮める。一代の大損である。


 やれ貿易摩擦だ、円高だ、ハイテクだ、財テクだ、と世の中は必要以上に(かまびす)しい。その上に情報時代というめんどうなこともある。


 覚えるべき事は限りなく多いが、一日二十四時間は限られていて、三十六時間にはならない。限りない問題提起と、限りある持ち時間、だのになにもかも自分でコナそうとすれば頭は混乱する。ムリとストレスが重なれば命を縮める外、道はない。

“人生は良い意味でなるようにしかならないのだ”と、スッパリ割り切る居直り精神がないと、心身共に調子が狂う。悪い意味ではヤケクソだが、良い意味でというのは達観だ。人間はどうにかなることと、どうにもならぬこと、に常に直面する。つまり可能と限界の中に立っている。仕事についても人間関係についても、わが可能性を確かめるべくがんばるが、もはやそれまでという自分の限界に達したならば、それ以上気を揉まぬことだ。気を病んだところで事態は好転しない。所詮人は各々、わが力をふり絞って事に当り、あとの裁量や批判は、神仏に委せればいい、良い結論を導き出すための努力はするが、結果、結果と、歎いたりわめいたりしても後の祭りである。


 くよくよ、いらいらするのは愚かしい。結果次第で次なる手順を如何にすべきかを考えればいい。人間は揉まれながらだんだん(あじ)わいのある良い姿となるもので、短兵急にえらくなろうの、大成功しようのというのは虫が良すぎるし、短見者流の部に入る。急ぐことはない。


 人生をトータルで摑むことだ。年と共に次第に良くなるのが順当で、それを目ざして時間をかける人が、結局大成する。これからは人も花も遅咲きがいい。早咲きや狂い咲きは話題になっても散り方は早いし、散り際は見苦しい、のでは困る。といっても棚ボタを期待しても当にならない。どう時間をかけ、どう内容を充実させ、どう安心立命を得、長命健康、活気あふれる見事な人生がおくれるか。


 思いをそこに秘めた『遅咲きの人間学』が文庫本として新たな誕生をむかえるのを喜び、近時の所感を述べた次第。読者各位のご活用が願えればうれしい。編集の平野玲子氏には終始御世話になった。記して感謝の意を表したい。



  昭和六十二年八月

邑井 操 

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