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(2021/11/26 追記)

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日本再見録 ヘンリー君の現代日本ウォッチング!
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ルポ・エッセイ
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第七章 結婚式の奇々怪々 無宗教国の超宗教的儀式

『日本再見録 ヘンリー君の現代日本ウォッチング!』
[著]ヘンリー・F・マクブライト [訳]林望 [発行]PHP研究所


読了目安時間:48分
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 当初からの約束になっていた二年間の教師生活も、だんだん終わりに近づいたころ、私は、ひとつの面白い経験をすることとなった。


 前々からいつも私の相談相手として出てくるヤマシタ先生が、ついに結婚することになったのである。

ヘンリー君、じつはちょっとお知らせしたいことがあるんだが……」


 あれは十一月の終わりころの、ずいぶんと寒々しい雨の降っている午後だった。


 放課後の学校には、もう生徒たちの影も少なく、職員室もなんだか閑散としていた。


 私は、そろそろ学期末に向けて、試験の準備だとか、さまざまの提出物の採点だとか、いかにも教師らしい雑務に追われていた。その点は、ヤマシタも一緒で、彼はつい二、三日前に実施した実力テストというもの(これは普通の学期テストとは別に、受験向けに作った模擬テストを校内で一斉に実施するもので、その点数によって、生徒の出願先などを考慮する資料とするものである)の採点にせっせと励んでいた。


 彼は一心不乱の面持ちで(ふる)っていた採点用の赤ペンを机の上に置くと、ちょっと照れたような様子で言った。

じつはねえ、ヘンリー君、僕は今度、結婚することになったんだ」


 それはめでたい。

おめでとうございます、ヤマシタ先生」


 私はちょっとおどけて日本語で祝意を表した。


 するとヤマシタは、少しだけ真面目そうな顔になって、結婚のプランについて説明をしたのだった。

あのなあ、来年の二月に結婚式を挙げることになった。それでだね、つまり、ヘンリー君にも、ぜひ友人として出席してもらいたいんだが……どんなもんだろうか」

それはもちろん出席しましょう。だけど、具体的には何月何日にどこでやるの?」

二月二十日の土曜日の午後なんだが、場所は、白金台のエンパイヤ・ホテルでね」


 ヤマシタの実家は東京の中心部からは電車で一時間半ほど離れた八王子というところにある。しかし、そこからではこの港北ニュータウンのM高校まではとうてい通えないので、学校の近所にアパート住まいをしているわけであった。それでも、こと結婚というようなことになると、むしろ都心のホテルでやるほうが普通なのであるらしかった。


 私は、よしきっと参列しよう、と約束しながら、さっそくその日時と会場を手帳に書き入れた。


結婚までの長い道のり



 それにしても、と、私は訝しんだ。


 今までヤマシタに結婚をしたいほどの恋人がいるようにも見えなかったが、彼はいったいいつそんな素敵なガールフレンドを獲得したのであろうか。

で、相手はどんな人ですか」

相手か、相手は……、まあふつうの家の娘だよ」


 そんなことを訊いているのではなかったが、ヤマシタはなんとなく答えにくそうにもじもじした。

だけど、いつからそういう恋人がいたんだ? 僕はいっこうに気づかなかったが……」

いや、見合いだよ、見合い」


 彼はそう答えてから、ちょっと慌てたように、説明をしてくれた。

見合い、ったってヘンリーには分からないか……。あのね、これは、いかにも日本的な習慣なんだが、若い者で当面結婚相手も恋人もいないというようなの同士を、年長のしかるべき人が紹介して引き合わせる、とそういう制度を『見合い』というんだ……」


 この「Mi-ai」という日本語は、直訳すると「互いに観察しあう」とでもいうような意味に当たる。また同時に、「Mi-au」という動詞は、「釣り合いがとれる」というような意味にも用いられる。つまり例えば「収入に見合う支出」というふうに。ああ、それから、あの相撲レスリングの試合においては、行司と呼ばれるレフリーがリング中央で睨み合った力士同士を立ち合わせるときに、こう叫びもする。

見合って、見合って!」


 つまり、釣り合いのとれた者同士を、あたかも相撲の力士のように睨み合わせる、とでもいうのであろうか。


 私は俄然興味津々たるものを覚えて、結婚式のことはそっちのけにして、ついでに学期末の雑務もそっちのけにして、この麗しい制度について具体的に説明を求めたのだった。


 その実際は、なかなか合理的で、とくに真面目で恋人探しなどに手腕のない気の毒なる男女にあっては、まったく素晴らしい福音のように思えた。


 ヤマシタの説明によれば、見合いというものの手順は、ざっと次のような次第であるという。


 まず、おおかたの場合は、見合いをオーガナイズするのは若い男女の両親でもなく、むろん本人たちでもなく、また友人などでもないらしい。


 たいていどこの家の親類にも、一人や二人は「世話好きのオバサン」というような人がいて、だいたいの場合、そういうオバサンあたりが持ち込んでくる話なのだそうである。


 ヤマシタの場合は、しかし、それとも少し違っていて、なにかこう専門的に見合いの仲立ちをする仕事の人があって、どうやら息子の行く末を心配した彼の両親が、ちょっとした知りあいを通じて、そういう専門家に結婚相手探しを依頼したのであった。


 ところで、こういう仲介人を、日本語では「仲人」と呼ぶ。文字どおり「ナカに立つ人」という意味であるが、それを仕事にしている人がいるというところが面白い。なんでも、そういう職業の人たちのユニオンのようなものもあるらしく、その気になれば、誰でもこの世話好きオバサンたちのネットワークに援助を願い出ることができるのだ。


 しかし、そんな赤の他人に、結婚のように重大なことを依頼する人があるだろうかと読者諸賢は疑いを抱くかもしれない。ところが、日本では、こういう専門の人のお眼鏡に(かな)った人なら大丈夫だろうと、むしろ第三者の専門家だからこそ信用するに足ると考えるのである。


 では、結婚ということについて、もっとも大切な「愛情」の問題はどうなっているのであろうかと、それもまた不審の種になるところであろうけれど、これにも日本的な解決法が与えられているのは頗る瞠目に値するであろう。


 すなわち、この「お見合い」方式は、決してアラブやインドあたりの「親が決めた結婚」というような無茶なものではなくて、要するに、「単に出会いのチャンスを用意してあげる親切な制度」にすぎないのである。


 したがって、なんでもヤマシタの場合は、まず、その世話焼きオバサンのところへ、彼の親が、息子の写真やら履歴書、また家族関係を詳細に記した調書のようなものを作って持っていくのが第一着手であった。


 すると、こういうオバサンは、女サイドからもたくさんの同様な情報を寄せられていて、そのなかから、年齢、家柄の釣り合い、趣味、容貌など、各種の要素をよろしく勘案して、これならば「釣り合いがとれていて似合いの二人」だと判断されるような男女を選び出す。


 そうして、男の写真や履歴書を女の両親に、同時に女の写真や履歴書を男の両親に送るのである。本人に送るのではなくて、この段階ではあくまでも双方の両親が窓口になるというところが日本的なスタイルである。


 なにしろ、この国は、今でも「家」というもの──それは単にファミリーという意味ではなくて、もっと重い「歴史」や「誇り」のようなものまで含んだ、やや前時代的な概念である──を後生大事にしている傾向があって、さすがにそれは徐々に改善されてきてはいるというものの、まだまだ結婚というような重大事ともなれば、やはり「家」の重みというものは、必要以上に抑圧的な力となって若い人たちの上にのしかかってくると見える。


 さて、こうして、まったく任意の形でそれぞれの両親は自分たちの息子と娘に仲人から送られてきた写真などを見せる。そして、決まってこう言うのだそうである。

まあ、それほど重大に考えないで、ちょっと会うだけでも会ってみたらどう?」


 ヤマシタの場合、彼自身は、もう独身生活に嫌気がさしていて、そろそろ身を固めたいと思っていたこともあり、さっそくその写真の相手に会ってみることにしたそうである。


 面白いことは、こうした場合、そのお互いに交換する写真というのは、そこらで撮ったスナップではなくて、町の写真館に行って、十分に飾り立てて撮る、それ専門の写真を以てするそうである。そこで、「お見合い写真」という言いかたもあるというわけである。


 どの家でも娘が二十歳くらいになれば、必ずと言っていいほど、これに着物などを着せて「お見合い写真」を撮る。なんだか、犬の血統書つき繁殖事業みたいで、われわれにはどうも違和感があるけれど、日本人にとってはそうでない。むしろ、若い者同士が無定見にいい加減な相手とひっつくほうが危険が多いのであって、しかるべき仲立ちによってつながった縁こそが、彼らの「家」の繁栄を齎すものだと考えるのである。


さていよいよ、見合って見合って!



 さて、そこで、ヤマシタは、母親からそのお見合い相手の写真を見せられた。これが、じつにカワイイ娘だったという。

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