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1万人の人生を見た弁護士が教える お金に悩まず、幸せになれる方法
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生き方・教養
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第二章 目的をお金に置くと、幸せになれない

『1万人の人生を見た弁護士が教える お金に悩まず、幸せになれる方法』
[著]西中務 [発行]PHP研究所


読了目安時間:43分
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 大邸宅にひとりぼっちでいる老人の誤算



 みなさんは「人生の目的は何か?」と聞かれたら、何と答えますか?

「お金持ちになりたい」「商売で成功したい」「社会的地位が高い人になりたい」「出世したい」……若い人なら「異性にモテたい」というのもあるかもしれません。


 それは本当の目的でしょうか。ここを間違えてしまうと、幸せになることも、お金から自由になることもできないと思います。


 本当の目的というのは、それがかなったとき、みんなが幸せになるものです。とてもシンプルなことですが、これを見失ってしまう人が多いのです。


 たとえばお金持ちになっても、健康を害していたり、家庭が不和だったり、いろいろなもめごとがあったりして、不幸だったら、みなさんはそんなお金持ちになりたいでしょうか?


 商売で大成功しても、そのことでたくさんの商売敵を()落として、人を不幸にしていたら、自分は気持ちよくいられますか?


 英国の天文学者ハーシェルは人生の目的についてこんなことを言っています。

「わが愛する友よ、われわれが()くときには、われわれが生まれたときより、世の中を少しでもよくしていこうではないか」


 私はこの言葉にとても感銘を受けました。


 人生の目的は、金もうけでも、商売の成功でも、異性にモテることでもありません。世の中のお役に立って、少しでも社会をよくすることです


 そうすることで、世の中の人が幸せになるのですが、その中には自分も含まれます。世の中の人が喜んでくれるから、自分もうれしい。


 つまり自分が幸せになれるのです。でも偉くなったり、お金持ちになったりするだけでは、自分の幸せは担保されません。



 私の依頼人にこんな方がいらっしゃいました。


 Aさんはレジャー関係のグループ会社をいくつも持つ大金持ちの経営者でした。大阪の一等地に大邸宅をかまえていて、個人の資産を何十億も持っています。


 Aさんは一〇年ほど前、奥さんを亡くして、一人暮らしになりました。息子が三人、娘が一人いるのですが、子どもは誰も寄りつきません。財産をどうしたらいいか、私のところに相談に来たわけです。


 Aさんの遺産を誰にどう分けても、争いが起きそうでしたので、私はAさんにこんなアドバイスをしてみました。

「あなたにこれだけの財産ができたのは、あなた一人の力とは違います。いろいろな人のおかげで事業も成功し、蓄えもできたのですから、人さまのお役に立てるよう、地方公共団体やら日本赤十字社やら、そういうところに寄付されたらいかがですか」


 するとAさんはムッとして私に言い返してきました。

「わしが一生懸命働いて貯めたお金を、何でそんな第三者に渡さにゃいかんのや。そんなものに寄付するくらいなら、お金を棺おけに入れてもらって、一緒に天国に持っていくわ」


 私は、Aさんがそういう考えだから子どもも誰も寄りつかなくなったのだ、と思いました。人と分かち合い、人に与えることをしない人は、人からも与えられません。 


 人に喜びを与えないから、自分も人から喜びを与えてもらえないのです


 八〇歳を超えたAさんは大邸宅で一人さびしい余生を送っています。銀行にはうなるほどお金がありますが、Aさんの毎日は孤独でさびしいものです。Aさんの心の穴を埋めてくれる人は誰もいません。

「自業自得」と言ってしまうとAさんがお気の毒ですが、Aさんのいまの状態はご自身が招かれたことです。Aさんはお金にしがみつくあまり、人に喜びを分け与えるという幸せを放棄し、人生の大事な目的を見失ってしまったのです。



 葬式のときわかる人生の総決算



 もう一人、こんな依頼者もいました。入居金が数千万円もする高級老人ホームに入っている大正生まれの老婦人です。私はその方から、遺言作成と財産管理について相談を受けました。


 老婦人には現金預金が二億円、不動産が一億円ありました。ご主人はすでに亡くなっており、子どもはいません。すると、この人の財産を目当てに、親戚や縁者が群がってきたのだそうです。

「とうの昔に亡くなった従姉妹の子どもたちとか、大叔母の孫とか、顔を見たこともない人たちが、私を訪ねてやってくるんです。この人たちが何のためにやってくるのか考えたらゾッとしました」


 老婦人はおそろしくなって、私に相談してきたわけです。私のアドバイスで、老婦人は財産の多くを慈善団体などに寄付することに決めました。



 ところが話を進めている途中で、彼女は肺炎になり、急死されてしまったのです。


 老人ホームから連絡を受けて、私はホームに急行しました。でもいつまでたっても、ご遺体を引き取る人はあらわれず、葬儀を主催する人もありません。老人ホームからは、

「ご遺体はどうされますか」

と聞かれ、私は大変困りました。あとでわかったのですが、この老婦人は仏壇を持っておらず、ご先祖さまの墓もわからない状態でした。


 病院のほうで手配し、お寺で簡単な葬儀をすませましたが、もちろん参列者もありません。


 しばらくお骨を預かってもらったあと、合同でまつられるお墓に入ったと聞いています。お金はたくさん持っていましたが、この方の人生はいったい何だったのでしょうか。

「根を絶ちて枯れゆく運命つゆしらず、色香を競う瓶中の花」という詠み人しらずの歌が思わず頭に浮かびました。


 この歌は、以前、私が勉強をしておりました「天分塾」という団体にいたときに知ったものです。「天分塾」は私が尊敬する鈴木民二さんという方が開いた団体です。鈴木さんは人間の内側にある理想や天分を開発するため、ヒューマン・リソース研究所を立ち上げた方です。

人間の価値はどんな学校を出たのか、どんな仕事についているのか、どんな財産を持っているのか、どんな地位についているのかではなく、どんな生き方をしたかで決まる」というのが鈴木さんのお考えでした。



 人生においてもっとも重要なことは、根につながる生き方をすることです。根につながる生き方というのは、社会や世の中とつながって、人のために役に立つことです。


 根がない花が、花瓶の中でいくら美しさを競っても、そのうち枯れてしまうだけです。あとには何も残りません。


 高級老人ホームにいた老婦人は、金銭的には豊かな生活を送られたかもしれませんが、社会や世の中とつながる生き方をしてこなかったために、最後は誰にも見送られることなく、この世を去らなければならなかったわけです。



 同じような方がもう一人いらっしゃいます。数年前のことでした。知人の奥さんが、まだ七一歳でしたが、亡くなって四、五日してから見つかりました。


 一人暮らしでした。長男がいるのですが、葬式はしないというのです。自治会長が来て、

「やはり葬式をされたらどうですか」

ということで、お寺で葬式がありました。しかし、長男のお嫁さんも孫も出席しません。本当にさびしい葬式でした。


 家は私のところのようにちっぽけではありません。門構えの立派な素晴らしい邸宅です。しかし身内もろくに参列しないお葬式をあげなければいけないとは、いったいこの方は何のために人生を生きてきたのか。


 幸せとは何か。人生の目的とは何か。しみじみ考えさせられてしまったのです。



 人間の一生は棺おけのふたをおおったときに決まると言われています。人生をマラソンにたとえると、四二・一九五キロの途中でいくら先頭を走っていても、ゴールで一着にならなければ、何もなりません。


 どういう生き方をするかが、どういう死に方をするかにつながります。


 大邸宅に一人住む老人も、高級老人ホームで亡くなった老婦人も、私の知人の奥さんも、お金はたくさんありましたが、幸せな人生の最期を迎えることはできませんでした。根につながる生き方をしなければ、お金はいくらあっても空しいだけです。



 地位や名誉で幸せな人生は送れない



 もうひとつ、これもやはり、高級老人ホームに関して私が経験したことです。


 私たちはどうしても目に見えるものを大切だと思って生きてしまいます。

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