読みたいトコだけ買える本。
犬耳書店
初めての方へ 記事一覧 無料登録 ログイン
0
-2
kiji
0
0
1220754
0
「考える子ども」の育てかた 父親よ、子育てをしよう
2
0
0
0
0
0
0
くらし
お気に入りとは?

お気に入りボタンを押すとお気に入りリストにこのページが追加されます。興味のあるページ・気になったページを後から確認するのに便利です。

お気に入り お気に入り
第4章 独立自尊の学校生活

『「考える子ども」の育てかた 父親よ、子育てをしよう』
[著]林望 [発行]PHP研究所


読了目安時間:39分
この記事が役に立った
0
| |
文字サイズ

信頼があれば校則は要らない


 息子が学んだ慶應義塾高校という学校は、何しろ校則や生徒規則がごく少なくて、自由な学校です。


 この日吉の慶應高校の入学式の時に、校長が訓示して曰く、

こういうことを申し上げると、びっくりなさるかもしれませんが、本校では殺人以外のどんなことでも起こります。そういう学校に入ったのだと、覚悟していただきたい」


 と。これはちょっと誤解をされる(おそれ)があるので、慶應のために弁護しておくと、この訓示は決してこの学校が「悪い学校だ」ということを言っているのではありません。事実はその反対で、そのくらい多様な生徒を包み込んでいる懐の深い自由な学校だと言っているのです。そしてその自由の背後には、生徒たちに対する基本的信頼があることも忘れてはなりません。


 校則でカチカチに縛り上げて、生徒たちが身動きできないようにして、それで「よい子」に育てるなんて方針の学校は、どうも眉唾ものだと思います。


 特に厳しい校則なんかなくとも、生徒たちは自主自律の精神によって決して枠を踏み外さない、とそれが本当によい学校のありようでなくてはなりません。


 こういう意味で信頼できる学校で、さらに無宗教のところとなると、選択肢は早稲田か慶應しかありませんでした。これを子どもたちと話し合ってみると、やっぱり両親とも慶應のこともあって、自分も慶應がよいという。じゃあ、難関を承知で慶應に行きなさいと子どもたちに話して聞かせて、一路慶應を目指すことにしました。


 三つ編みに眼鏡をかけた純朴な少女として中等部に入った娘は、高校を出る時には、おしゃれでアヴァンギャルドな「飛んでる女子高校生」に育っていきました。慶應の中等部に入ってから女子高を卒業するまでの六年間、娘は毎日楽しそうに学校へ通っていきました。彼女にとって、こんなに楽しい学校生活はなかったのでしょう。


 自由でリベラルな空気、友達のようにフレンドリーで偉ぶらない先生たち、愉快で品のよい友人たちという環境は、彼女にとって最善の学校生活だったことはたしかです。


 娘は、中等部の時は美術部で絵を描いていたのですが、女子高校に進むと、突然バトントワリングのクラブに入りました。引っ込み思案の傾向の強かった娘にしては驚くべき選択で、しかし、その結果、一生懸命努力もし、いろいろなことを経験し、たくましく成長していってくれました。


 娘は慶應に行ってよかったなと、私もしみじみ思います。


 私も妻も、もともと公立育ちだし、あまり慶應風を吹かせるのは好きではなかったのですが、私が大学院在学中から慶應女子高の教師になり、実際の教育の現場で優れた子どもたちを相手にしていると、ああ、なるほど、慶應義塾建学の祖福沢諭吉の説く「独立自尊」の精神というのはこれか、と実感するところがありました。教師がああだこうだ言うのでなく、自助努力して自分の尊厳と義務を守り、子どもたち自身協力し合って自分たちで育っていく、そのような学校がこの世の中にあったのか、と自分の出た公立の学校とは全然違う空気にすっかり感心してしまったのでした。こういう学風というのは、(つと)に福沢諭吉が示しておいたところで、それを百年も昔に考えた福沢という人はつくづく偉い人だったなあと、改めて感じ入ったことです。それが私の慶應女子高教員生活の実感でした。


 何がなんでも規律でグイと締めつけて無理にも言うことを聞かせる、なんて学校もあります。そしてそれが「厳しくてよい学校」だと勘違いしている親たちもきっと少なくないだろう。しかし、そういうのは、本当の教育ではありません。そんなふうに抑圧的に教育すると、先生の前ではよい子にしておいて、陰に回って悪いことをする、そういうことが実際にあります。


 しかし、慶應の場合はウラオモテがありませんでした。この先生、気に入らないと思うと生徒たちは徹底的に反発して歯向かってくる。こっちだって負けてはいられません。それだけに先生たちにも優れた人材が揃っています。この頭がよくて誇り高い(かん)()みたいな生徒たちを、ぐうの音も言わせず服せしめるだけの実力を備えていないと、慶應の先生は務まらない。


 私は六年間、慶應女子高の教師をやりましたが、それは貴重な経験になりました。


 この学校では、こちらが必死に勉強してよい授業をすれば、生徒たちは水を打ったように静かに聴いています。しかし、ちょっと手を抜いた、いい加減な授業をすると、たちまち騒然となる。正直と言えばまことに正直、手ごわいと言えばまことに手ごわい連中でした。


 特に当時は無監督試験制度と言って、定期試験も、進学に関係する実力テストも、入試以外の試験はことごとく無監督で実施していました。これは、問題・答案用紙を配り終えると教師たちは教室から出てきてしまう。そして時間になるまで、職員室でお茶を飲んでいるわけです。


 こういう理想主義的スタイルで教育をしていたのは、おそらく慶應の女子高くらいのものだったかもしれません。こうなれば、やりたければカンニングも自由にできます。だから、教師の側でも、簡単にカンニングなんかできないような、高度の授業と高度の試験出題が求められる。安閑と穴埋め問題みたいな志の低いことはできません。そういうふうに工夫をした上で、どうだカンニングできるものならしてみろと、考えごたえのある重い出題をしたものでした。それは真剣勝負でした。


 私の試験は、配付プリント書き込み・持ち込み可でしたから、生徒たちは必死でプリントに書き込んでくる。書き込む過程で勉強になったのだから、もう試験をしなくてもいいようなものなのですね。何しろ受験がなくて、そのまま慶應義塾大学に進学できるので、受験のためにあれこれと暗記させたりして点差を付けなくともよかった、そういう学校だったのです。


 その時私の娘はまだ生まれていなかったけれど、もし自分に娘が生まれたならば、必ずこの学校に学ばせたいと思ったものです。


 あくまでも生徒を信頼していく。生徒に対しての深甚の信頼から成り立っている。だから自由なのです。放っておいても、うちの生徒たちは羽目を外しはしない、こういう信頼があるから、生徒たちに規則を強制しないで済んでいくわけです。こんな学校はほかにないよなあと、その頃思ったものでしたが、その後幸いに娘が学ぶようになってからも、やっぱり同じ空気が横溢していて、ああよい学校だなあとつくづく感謝したものでした。


学校は社会の縮図


 慶應で教えていた頃、ちょっと驚かされたのは、女子高なのに生徒たちの言葉遣いが恐ろしく乱暴なことでした。まるで男の子と変わりがないくらいでしたから。そこで、こういうことをちょっと先輩の先生に嘆いたことがあります。


 すると、その先生はカラカラと笑って、こう言われたことが思い出されます。

いや、林さん、それは心配しなくてもだいじょうぶです。生徒たちがあんなふうに男みたいな乱暴なことを言っているのは、あれは一種の仲間言葉というか、ファッションでね、学校の中だけですよ。見ててごらんなさい、外へ行けばちゃーんとして上品なもんですよ、ははは」

この記事は役に立ちましたか?

役に立った
0
残り:16451文字/本文:19376文字
この記事を買った人はこれも買っています
      この記事を収録している本
      この本で最も売れている記事
      レビューを書くレビューを書く

      レビューを書いてポイントゲット!【詳細はこちら】

      この本の目次