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「神社」で読み解く日本史の謎
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歴史
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第十三章 白河法皇はなぜ熊野三山を尊崇したのか

『「神社」で読み解く日本史の謎』
[著]河合敦 [発行]PHP研究所


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〓浄土信仰と熊野



 (くま)()(さん)(ざん)は一つの神社ではなく、紀伊国(和歌山県)()()郡にある熊野の(ほん)(ぐう)大社、(はや)(たま)大社((しん)(ぐう))、()()大社の三つ神社の総称をさす。ただ、京都の(かみ)()()神社と下鴨神社のように、数十分歩いて互いに往復できる距離ではない。それぞれが二十~四十キロ近く離れているのである。


 おそらく、それぞれが別々の神社として成立したのだろうが、平安時代後期になると一体化して熊野三山と呼ばれる一大聖地となる。また、本宮の祭神を()()()(この)(おお)(かみ)、新宮の祭神を熊野(はや)(たまの)(おお)(かみ)、那智の祭神を()()(みの)(おお)(かみ)と呼び、この三つの祭神は、相互に(かん)(じよう)されて「熊野(さん)(しよ)権現」と称されるようになった。


 よく知られているように、奈良時代から平安時代になると、神道と仏教が完全に融合する。神社に仏像が安置され(じん)(ぐう)()が建てられたり、寺院に鳥居が立ったりする。こうした現象を(しん)(ぶつ)(しゆう)(ごう)と呼ぶが、同時に仏教における仏たちは、日本に来て仮の姿として神道の神になったと考えられるようになった。たとえば、仏教で最高の大日如来は、日本では天照大神として出現したという具合にである。こうした考え方を(ほん)()(すい)(じやく)説というが、それは熊野三山も同様だった。


 本宮の家津御子大神は()()()如来、新宮の熊野速玉大神は(やく)()如来、那智の夫須美大神は(せん)(じゆ)(かん)(のん)と見なされたのである。阿弥陀如来は極楽(西方)浄土におり、薬師如来は東方の()()浄土、千手観音は()()(らく)浄土にいる。




 平安時代中期になると、日本では(まつ)(ぽう)思想が大流行する。(しや)()が没して長い年月が経つと、(しよう)(ぼう)(ぞう)(ぼう)という時代を経て、末法という怖ろしく乱れた世の中に突入すると考えられたのだ。それが西暦でいうと一〇五二年。こんな末法の世の中では、生きることに希望が持てない。実際、疫病や()(きん)、東北地方では蝦夷(えみし)の大規模な反乱が起こった。このため人々は死後に極楽に行きたいと切に願うようになる。阿弥陀様を信仰して念仏(南無阿弥陀仏)をとなえ、極楽往生したい。

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