読みたいトコだけ買える本。
犬耳書店
初めての方へ 記事一覧 無料登録 ログイン

犬耳書店はRenta!へ統合いたします

(2021/11/26 追記)

犬耳書店の作品をRenta!に順次移行します。
詳しくはこちらでご確認いただきますよう、よろしくお願い申し上げます。

0
-2
kiji
0
0
1222271
0
説得の科学
2
0
0
0
0
0
0
生き方・教養
お気に入りとは?

お気に入りボタンを押すとお気に入りリストにこのページが追加されます。興味のあるページ・気になったページを後から確認するのに便利です。

お気に入り お気に入り
第2章 さまざまな形の説得

『説得の科学』
[著]安本美典 [発行]PHP研究所


読了目安時間:1時間17分
この記事が役に立った
0
| |
文字サイズ



 説得の種々相


 説得には、じつにさまざまな形のものがある。この章では、説得の種々相をみてみよう。


 のちに、文部大臣などをされた赤松良子氏が、労働省婦人局長であったときに、新聞の「私の転機」という欄に、記事を書いておられた。三十八歳で、管理職になったときのことである。


 「修業時代と違って、自分自身がしこしこと勉強したり、仕事をすればよいというのではなく、他人に気持よく働いてもらい、大勢の仕事の成果によってはじめて自分の責任が果たせるということ、自分の言動が他人を傷つけることのないように、それまでのように毒舌をふるって得意になるべきでないこと、型破りの面白さよりバランスのとれた判断がより重要であること、などを感得した。


  鋭さよりも包容力、攻撃よりも忍耐、理論的正しさよりも妥協点を見いだす(ろう)(かい)さなど、それまで軽べつの対象でしかなかったことにも価値を見いだすようになったのだから、この転機は、単に外に現れたポストにとどまるものではなかった。得たものと失ったもの、それぞれ共に大きかったと言うことができよう」(『朝日新聞』昭和六十年十月一日朝刊)


 毒舌、型破りの面白さ、鋭さ、攻撃、理論的正しさ、これらは、おもに若い人々に許された説得の方法である。


 バランスのとれた判断、包容力、忍耐、妥協点を見いだす老獪さ、これらは、年配の管理者などが、説得のためにもつべき能力である。


 種々の説得の方法は、その原理が異なっている。自分の得意技を決めて、それを磨くことも必要である。しかし、また、時と場合によって、使い分けることも、必要である。

「人をみて法を説け」という。情に訴えるべき人を、論理で説得しようとして、かえって反発を招き、「私の気持ちがわからない」などといわれることがある。逆に、論理で説得すべき人に対して、相手の気に入るようなもののいい方だけで、訴えようとしても、少しもわかってもらえない、という場合もある。また犯行を否認している犯人から、自白を得るためには、論理で説得しても、情に訴えても、だめであることがある。動かぬ証拠をつきつけることが、必要な場合がある。


 この章で述べる説得の種々相のなかから、あなたの手本、あなたの説得の参考になりそうなものを、選びとっていただきたい。



 藤田元司氏の監督としての心得――ほめ、はげますことによる説得


 かつての読売巨人軍の監督であり、巨人軍を優勝にも導いた藤田元司氏(現、野球解説者)が、「ほめてやらねば人は動かず」(『ザ・ゴールド』昭和六十年七月号所載)という文章の中で、つぎのように述べておられる。


 ほめることと、しかることの真髄をついているように思うので、すこし長くなるが引用させていただく。


 「監督時代の私は、ほめるときはできるだけ人前で行ない、叱るときは人目のない場所に呼んで、そっと言い聞かせるのを原則としていた。皆の前で個人名をあげてほめてもらうのは気持ちがよい。しかも地味で目立たない行為を取り上げてほめられたときは、指導者がそんなところまで見ていてくれたのかと嬉しくなり、今後の精進を誓う。たとえば、サイン通り堅実なバントをして走者を進めたり、連携プレーで危機を未然に防いだりした場合である。


  また、私が終始心がけたことは、選手に注文を出す、あるいは注意を与える場合は、“相手の気分のいいときに”ということであった。そのときが来るのを我慢して待ったものだ。さらに、このことからいえるのは、“叱るまえには、ほめること”という事である。いい面、長所をほめて、相手の気分をよい状態にもっていき、うれしがっているうちに、『だけど、もうひとつ、ここがなっていないな』と指摘する。そうすれば、心の中に、スーッとはいっていくものなのだ。


  人は、ほめて育てたい、とつくづく思う。叱ったり怒ったりするのは、成長させるためにではなく、まちがったことをさせない軌道修正のためだと考えている。ところが、この軌道修正も、なかなか気を遣う仕事だった。試合中、一所懸命やって失敗した場合、私は叱らない。しかし、怠慢プレーとかボーンヘッド(まぬけなプレー)は、みんなに聞こえようが聞こえまいが、大声で怒る。目に余る怠慢やミスは、放置しておくと、チーム全体にその病根が広がる危険があり、それを予防するわけだが、むしろ、一人を名ざしで叱ることで、チーム全体の士気をピリッとさせようという目的のほうが大きい。このようなとき、叱られる個人の性格を考えなければならない。何を言われても後をひかないカラッとした性格ならば、少々やり玉にあげてもよいが、むくれたり、しょぼくれたり、考え込むタイプは扱いに注意しなければならない。


  私に多く叱られたのは、原、中畑の二人である。『なにやってんだ』『なにバカなことをしている』――ベンチ中に聞こえる大声で、こんな()()(ぞう)(ごん)を浴びせても、彼らは『スイマセン』と明るく頭をさげるだけで、きわめて素直である。『プロならプロらしくやれ』というのは、選手にはそうとうきつい言葉だが、そう言っても彼らは『むっ』とした表情も見せなかった。チームメートは原や中畑が自分たちの身代りになって叱られているのがわかるから、済まんことをしたと思いつつ、気分を引き締めていくのである」


 「誰でもおかしそうなミスは人前で叱られても、べつにどうということはないが、問題はその選手固有の欠陥や不足を突く場合だった。人に遅れをとっている、人並みにできない弱点をもっている――こういうところを突かれるのは痛い。まして、人前でやられてはたまらない。このような時、私は一対一で選手と向いあった。翌日は、いままでと同じようにあいさつをし、笑って雑談をする。もうその選手のことは心配しない。通じているものと思う。


  私は、『ほめ八分、叱り二分』と心がけたものだが、リーダーの条件のひとつは、ほめ上手の叱り上手ということになるかもしれない」


 ここには、会社で上司が部下を育てるさいにも、親が子を育てるさいにも、そのまま通じる心得が説かれている。



 「もの」でなく、「(イメージ)」を売る――夢による説得


 化粧品の販売を考えてみよう。この場合、売っているのは、化粧品という「もの」であろうか。


 そうではない。


 女性に、「美しくなれる」という「(イメージ)」を売っているのである。


 コカ・コーラという清涼飲料がある。私は、もう「オジン」である。第二次大戦後に中国東北(旧満州)から引きあげてきて、はじめてコカ・コーラを飲んだときのことを覚えている。なんだか、薬くさい、妙な味のする飲みものだと思った。


 コカ・コーラは、ほんとうに、とてもおいしい飲みものであろうか。あるいは、私たちにとって、たいへん有用な飲みものであろうか。


 コカ・コーラを「もの」として考えれば、疑問があるように思う。


 しかし、私たちは、コカ・コーラを飲む。それは、コカ・コーラの「スカッとさわやか」などの宣伝が、ゆきとどいているからである。私たちは、コカ・コーラを、「もの」として味わうために飲んでいるのではない。「スカッとさわやか」になれるという、「夢」の液体を飲んでいるのである。

「ホイラーの法則」で知られるアメリカの有名な販売専門家エルマー・ホイラーのことばに、「ステーキを売るな――シズル(ジュージューおいしく焼ける音と匂い)を売れ(Don't sell the steak, sell the sizzle)」ということばがある。


 ステーキを買う人は、栄養価や値段の高低という「もの」としての特徴にひかれて買うのではない。「おいしそうだ」というイメージにひかれて買うのである。

(イメージ)」こそが、私たちを、行動へとかりたてる。



 「イオナ、わたしは美しい」

「イオナ」という化粧品がある。

「イオナ、わたしは美しい」と、岸田今日子が震えるようにつぶやく。美しい外国人モデルの横顔。外国人モデルは、一回まぶたを閉じて、またあける。

「イオナ」は、このCMによって、一躍売り出した。イオナ・インターナショナルの一九七六年の売りあげは五億円、そして、一九七七年の売りあげは七六億円。このCMだけで、売りあげは、急速に伸びた。


 しかし、その実質は、どうだったであろうか。


 一九七六年ごろは、ほんの数人で、ソープを作っていたといわれる。CMからは、想像もつかないほど、その工場は、小さなものであったといわれる(ただし、この話は、競合する化粧品会社が、意図的にながしたものであるともいう)。


 CMでは、イオナは、天然イオン配合といわれる。しかし、イオンには、もともと、天然と人工の区別があるわけではない。


 配合されているというカルシウム、鉄、ナトリウムなどのイオンは、水道水にもはいっている。それが、「シミ、色黒、ニキビに効果」があるとは思えない。


 イオナのバニシングクリームを、「もの」としてみた場合には、他のメーカーのものにくらべ、特別にすぐれていたわけではないと思う。一万円の価値があるとは、思えない。しかし、そのバニシングクリームは、売れたのである。人びとは、イオナが与えた「夢」を買ったのである。


 テレビは、その「夢」を増幅したのである。



 「夢」によって美しくなる

「元旦や わが女房にも ちょっと()れ」という川柳がある。


 ふだんは、女房どのは、家事におわれ、育児におわれ、ぬかみそくさくなっている。その女房どのが、正月には、おめかしする。すると、みちがえるほど美しくなり、亭主は、ほれぼれとして見直すというわけである。


 結婚式での花婿さん、花嫁さんは、みな美男、美女にみえる。一世一代のおめかしをするからである。だれでも、美しくなろうと努力すれば、かなりな程度美しくなるのである。少なくとも、「それなりに」美しくなる。


 以前、私は、参議院議員の山口淑子さんのスピーチを聞いたことがある。おどろくほど、若く、美しくみえた。当時六〇歳前後のはずであるが、どうみても、三〇代にしかみえなかった。


 もともと美しかったうえに、いつも美しくあろうと努めておられるからだと思う。


 私たちは、美しくなれるという「夢」を与えられることによって、美しくなれるものである。


 子どもに、勉強をさせたいと思っている親は多い。


 しかし、子どもに、「勉強しなさい」「勉強しなさい」といっても、効果はうすい。


 なんのために、勉強しなければならないのかが、わからないからである。


 大学にはいれば、どんな楽しいことがあるのか。この世を、ほんとうに楽しむとは、どういうことなのか。未来に、どんな夢をえがきうるのか。その夢をみたすためには、現在、どんな努力が必要なのか。努力しないで、幸せになる方法があるとしても、それでは、人生の意味を見いだしにくいこと。努力は、はじめはつらくても、そのうちに楽しくなってくること。


 たえず、夢を語らなくては、ドライブ(推進力。心理学では、内的動因をいう)はかからない。努力が長つづきしない。



 素直に求めることによる説得


 すばらしい女性がいた。その女性に思いをよせる男Aがいた。ところが、その女性は、どうみても、ほとんどあらゆる点で、Aよりも劣るとみられる男Bと結婚した。


 Aが、その女性にたずねた。


 「どうして、Bと結婚するんだ。ぼくは、君が好きだったのに」


 女性が答えた。


 「あら、でも、あなたは、私に好きだと、おっしゃってくださらなかったわ。Bは、とても熱心に求婚してくれたわ」

「求めなさい。そうすれば、与えられるであろう」とは、バイブルのなかのことばである。はっきりと、率直に求めないために、与えられないこともある。

『週刊文春』に、「世界一将棋の強い男」米長邦雄氏の、「泥沼流人生相談」が、連載されたことがあった。


 米長氏の人生相談は、世間の常識やたてまえにとらわれない、ズバリ核心をつく(ちよく)(せつ)な回答に特色がある。


 一九八五年の九月五日号に、つぎのような「問」と「答」とが、のせられていた。




「友人」ではなく、「恋人」になりたい


 私は25歳の学生です。どういうわけか女性と深くつきあえず、困っています。ある程度交際が進むと、たいてい決まって「あなたは友人としては素晴らしいけれど、恋人ということには、なれそうもない」といわれてしまいます。別に外見的にナヨッとしているわけでもなく、それなりに考え方もしっかりしていると思うのですが、何か私は性的な魅力に欠ける点があるのでしょうか?(大阪府悩める中羊)


 将棋でいちばんいけないことは、攻撃態勢が整っているにもかかわらず仕掛けない、攻めないことである。なぜ攻めないのか。攻めるのが恐いからです。


 あなたは序盤の駒組みを完了するというところまでは、並の男かそれ以上のことができる。しかしながら戦端を開く、自分から切り拓く、そういう勇気があなたにはないのです。


 女が濡れているのに抱かない。これがいちばんいけない。男としてこれほど情けないことはありません。あなたはある程度煮詰まったときに、堂々と、女を口説くべきです。抱こうという強い意志を持って、積極的な行動に出るべきです。


 その結果、彼女と深い関係になれば、あなたが魅力ある男であることを彼女は認識することでしょうし、たとえ彼女から強い拒絶にあったとしても、プライドを傷つけられたとか、男としての面子(メンツ)が立たないなどと考える必要はありません。


 その女性に対して失礼ではないかと考えたり、フラれたらどうしようか、と考えていい出せない、ということであれば、あなたは、性的な魅力に欠けている。覇気のない男、友人としてすばらしい(笑)、ということになる。


 肉体を求めなさい。あなたの才能は必ず開花することでありましょう。





 米長氏の回答は、男女関係において、「押し」とはなんであるかを、端的に示している。

(いち)()し、()(かね)(さん)(おとこ)」ということばがある。

この記事は役に立ちましたか?

役に立った
0
残り:32304文字/本文:38026文字
この記事を買った人はこれも買っています
      この記事を収録している本
      この本で最も売れている記事
      レビューを書くレビューを書く

      レビューを書いてポイントゲット!【詳細はこちら】

      この本の目次