『リンボウ先生の閑雅なる休日』
[著]林望
[発行]PHP研究所
電話よりも手紙、と私は少年時代から信じてきた。なにしろ、電話ときたら、まず相手がそこにいなければいっさい役にたたぬ。
とりわけ、色恋的用向きの場合は、電話はいっそう不都合だ。ほらあの、ふと話題が途切れて沈黙に陥ったときの気まずさ、だれにも覚えがありはせぬか。
それに、私たちの青少年時代には、一人一台の携帯電話なんぞ存在しなかったから、電話といえば、各家庭の玄関ホールとか茶の間の隅などにあって、要するに、そこでは相手の親や兄弟などが、ひしと見守っているというすこぶる嬉しくない状況だったのだ。かくては、微妙にしてオツなる話柄など盛り上がるはずもなく、シャイなる青少年は、ただ受話器を掌の汗で濡らしながらむなしく溜め息をついてばかりいるのだった。