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温泉に入ると病気にならない
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あとがき──温泉は健康な人生のためのパスポート

『温泉に入ると病気にならない』
[著]松田忠徳 [発行]PHP研究所


読了目安時間:5分
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 六十年の人生のなかで、幸運なことに病院で一泊(笑)もしたことがありません。


 温泉旅館にはいまでも一年の半分近くは泊めさせていただいているのですが──。


 病院にもめったに行きません。病院嫌いなのではなく、行く必要がないだけなのです。


 私にとっての病院は、たまぁ~にビタミン剤の点滴を受ける“息抜きの場”なのです。これはほんとうです。


 二時間の点滴を受けているあいだ、ときどき顔を見せる優しい看護師さんのほか、だれにも、もちろん携帯電話にも邪魔されることなく、西村京太郎さんのトラベルミステリーの世界にひたることができます。至福のひと時です。毎日、温泉にばかりつかっていると、いくら産湯が温泉だったとはいえ、さすがにあきがきますからね(笑)


 もちろん薬も飲みません。嫌いなのではなく、必要性を感じていないからです。必要のない生活をしているから、といったほうが正確でしょうか。

「医者要らず、薬要らず」の私の生活の源は、もちろん温泉です。広義には家庭風呂も含めた“入浴術”です。


 私には主治医ならぬ“主治湯”があります。


 札幌市郊外の渓谷に湯煙を上げる大温泉郷、定山渓温泉のある宿の源泉一〇〇パーセントかけ流しの食塩泉が主治湯です。このすぐ近く、(ほう)(へい)(きよう)温泉と、車で一時間半のニセコ新見温泉の湯治宿にそれぞれサブの主治湯があります。


 主治湯は体調を崩したとき、病院代わりに二、三日集中的に通う温泉です。一方のサブ主治湯は、一、二カ月にそれぞれ一回は出かける“予防医学”の場、つまり自然治癒力を補強する場としての温泉です。


 旅行作家として、温泉学者として、全国各地をめぐる生活をしていますから、毎週十数カ所の温泉に入浴しているでしょう。ですが、取材先での入浴は、失礼ですがみなさんと同じか、少しマシなレベルの入浴にとどめています。なぜならそうした多分に情緒的な、雰囲気を楽しむ程度の温泉浴が、戦後の日本人のトレンドだったからです。旅行作家として、旅人と同じ目線で宿に泊まるのは当然のことでしょう。


 主治湯やサブ主治湯とのかかわり方はまったく異なります。本文中にも書きましたが、「医者は病気の専門家であって、健康の専門家ではない」からです。医者は病気を治すのであって、病気にならない健康な心身をつくるのは私たち自身だからです。つまり私たちが各人の体の管理者であり、健康の専門家にならなければならないのです。


 病気を治すのも、じつは私たち自身なのです。医者や薬はその手助けをするのであって、最終的には私たちの“生きる力”、つまり日々の免疫力の差が生死を分けると理解してまちがいないでしょう。


 私にとっての主治湯、サブ主治湯は自然治癒力を鍛える道場です。


 私が主治湯を意識しはじめたのは十年前のことでした。

「松田先生、そんなに忙しくて温泉に入る暇はあるんですか?」


 あるとき、講演終了後に参加者からいわれたひと言が胸に突き刺さりました。現在でこそ飛行機に乗る回数は一カ月で一二回前後に減っていますが、そのころは一五、六回が平均で、一八回という月もありました。

「倒れる前に、健康を維持することを考えなければ……」


 こう考え、それまでの地下鉄の駅まで一分、国立病院、大型スーパーなどが密集する利便性に優れた都会生活を捨て、札幌市郊外の主治湯の近くに引っ越しました。二〇〇二年のことでした。


 健康な心身、とくにうつが社会問題になりつつあった当時、心の健康を保つことは私にとっても大切なことでした。そこで考えたのが“予防医学”としての温泉の役割でした。いかにして心と体の免疫力を高めるか、そのためのサブ主治湯という考え方でした。


 そうした温泉との向き合い方、ノウハウをはじめて公開したのが、「全国商工新聞」の連載に加筆してまとめあげた本書です。


 日本には“湯治文化”という宝があります。「歴史と文化の連続性こそが日本人を癒やす」というのが、かねてからの持論です。江戸時代以来の日本人の遺産である湯治学と西洋医学の免疫理論を結びつけようと試みたのが本書なのです。


 本書をお読みになった方にはもうおわかりでしょうが、日本の湯治は世界でも最先端の予防医学でした。(きや)(しや)な体の日本人が今日まで頑張ってこられたのは、湯治、もっと広義の入浴(シャワーではない)とのかかわりがあってのことでしょう。日本の伝統的な健康法を絶つのは「もったいない」のひと言に尽きます。温泉浴が一九六四年の東京オリンピックのころまでの日本人の健康法だったことは、まぎれもない事実なのですから。


 ドイツをはじめヨーロッパの先進諸国で温泉療法に健康保険が使えることはよく知られています。アジアではモンゴルです。


 モンゴルの医学界では、予防医学を伝統医学、対症療法を西洋医学と役割分担していて、伝統医学部卒の医者のほうが給与が高いのが実情です。予防にお金をかけるほうが医療費が少なくてすむという“健康的”な発想がその根幹にあるからにちがいありません。


 私は目下、モンゴル国立健康科学大学(旧医科大学)大学院博士課程で、伝統医学としての温泉医学を学んでいます。温泉文化とモンゴル学を専門としていた私は、日本固有の湯治文化に魅了され、これに西洋医学の光を当てることにより、温泉はふたたび私たち日本人にとってはもちろん、アジアの、世界の宝になりうるのではないかと考えたわけです。


 本書を通して、温泉の本質とは何か、日本人が見失っていた温泉の意外な価値とは何かを再発見していただければと願っています。


 温泉は地球が、マグマが日本人に贈ってくれた、健康な人生のためのとっておきのパスポートだったのです。



 二〇一〇年一月

松田忠徳 

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