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こまってしもうた 忘れてしもうた
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ルポ・エッセイ
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お金への執着

『こまってしもうた 忘れてしもうた』
[著]安藤りつ [発行]PHP研究所


読了目安時間:12分
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 ちょっとちょっと、と険しい声がとんでくる。(みつ)()(ひさ)()さんの部屋だ。

「あんたやめてよ。知らないわよあんたなんか」


 穏やかな村山スズさんが三矢さんの部屋に入ってしまったのだ。


 三矢さんの認知症の症状は激しい。物を投げつけることも頻繁なので、他の利用者との衝突には厳重な注意が必要だ。

「三矢さん、ごめんなさいね。スズさんが部屋を間違えてしまったんですって」

「スズさんったって知らないよ、そんな人」


 責められているスズさんを見ると、ちゃんちゃんこの上からパジャマを着て、ずれて留めてあるボタンのためにパジャマがはちきれんばかりだ。

「まあ、どうぞよろしくお願いいたします」


 小柄なスズさんは優雅に笑って頭を下げる。すかさず三矢さんが大声をあげる。

「知らない人からよろしく言われたって困るよ」


 禿()げかけた髪の毛を人差指でくるくると丸めるのは、三矢さんの機嫌が悪い信号だ。


 息の荒い三矢さんを無視するように、

「私はすぐ近くに住んでいて、娘の帰りが遅いもので」


 スズさんがおっとりと言う。

「そんなこと言ったって、この人いきなり部屋に飛び込んできたんだよ」


 そのとたん、スズさんのつるんとした白い肌がみるみる紅潮して、

「飛び込んできたって、私はもうそんな飛び込むような運動はできやしませんよ」

「そんなこと言うんじゃないよ」


 三矢さんは金切り声を出し、手元にあった自分の帽子をスズさんに向かって投げた。


 (おび)えたスズさんを抱えながら、私はコールで別のスタッフの援護を呼んだ。

「おなかすかない?」


 二人になった部屋で三矢さんに言った。

「あの人追い出してよ」

「あの人?」

「さっき入ってきた人だよ。あの人がいるならここを動かない。もう死ぬからいいよ」

「死ぬの?」

「死んじゃう」

「死なないでよ」

「人のことなんだから、そんなこと言うんじゃないよ」


 くるくると指に巻いている髪の毛を、歯をくいしばりながら引っ張る三矢さんを、

「三矢さん、三矢さん、食事の時間だから食堂に下りましょうか」


 制するように肩にそっと手を置くが、

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