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小澤治三郎 果断・寡黙・有情の提督
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ルポ・エッセイ
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第三章 男の夢、男のロマン

『小澤治三郎 果断・寡黙・有情の提督』
[著]宮野澄 [発行]PHP研究所


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──洋上決戦のカギを握る「(すい)(らい)()」を(こころざ)して



()(もつ)て衆を制する──日本海軍の宿命



 小澤のことを「ジサ」と愛称で呼んで親しかった同期の(いの)(うえ)(しげ)(よし)は、巡洋艦「春日(かすが)」乗艦の頃の小澤を、「いつも(ひま)があれば本を読んでいた」と、その勤勉ぶりを評している。


 少尉の居室は、通称「ガンルーム」と呼ばれていたが、その隅で黙々と戦術戦略、訓練などについて書かれた俗称「(あか)(ほん)」と呼ばれている本を、むさぼるように読んでいたという。小澤がもっとも興味を示したのは(すい)(らい)(大砲による攻撃ではなく、魚雷を海中に走らせて艦船を攻める術)だった。大正元年八月、小澤は普通科学生として、海軍水雷学校に入学している。


 彼は、砲術学校の普通科時代に、生来の統率の実を挙げ、陸戦教練では、小隊長としても中隊長としても貞抜な指揮ぶりを発揮したので、教官からは砲術専門の“鉄砲屋”になるようにすすめられていた。しかし、彼は水雷学校に進み、その教程を修了した同年十二月、中尉に昇進した小澤は、第一水雷戦隊所属の駆逐艦「(あられ)」乗組みとなった。


 司令官は鈴木貫太郎少将。当時、水雷戦術の第一人者であった。


 ここでも彼は砲術長として、艦砲指揮の任に当たった。すでに小澤の胸中には、「()(もつ)て衆を制する」には、水雷による奇襲以外にはないとの考えがあった。


 日本は、英米と並ぶ大海軍国になってはいたが、国の富力、資源、工業力などを考えると、英米と対等の軍事力を保持することは、きわめて困難だったからである。寡を以て衆を制することが、日本の海軍の宿命と、小澤は考えていたのだ。したがって、もし奇襲戦となれば、その主力は水雷戦隊で、水雷戦隊こそ海軍の重要な役割を(にな)うものと、小澤は判断していた。


 大正二年十二月、小澤は第一艦隊の主力艦「()(えい)」に移った。

比叡」は、英国に発注し建造された「(こん)(ごう)」の姉妹艦で、わが国の造船所で建造したもので、世界に誇れる高速戦艦であった。

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