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小澤治三郎 果断・寡黙・有情の提督
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ルポ・エッセイ
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解説──諦めなかった提督

『小澤治三郎 果断・寡黙・有情の提督』
[著]宮野澄 [発行]PHP研究所


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(かじか)(ざわ) (りよう)(へい) 



 名将──この称号が、いくさに勝った将軍の()いであるとするなら、敗戦国には名将は存在しないことになる。なるほど、戦いに敗れた名将などというものは、いささか形容矛盾の感があろう。


 が、興味深いことに、各国の軍事専門筋、あるいは戦史家などの評価をたどっていくと、第二次世界大戦で、名将であるとの評価を与えられる軍人は、むしろ敗戦国に多い。例えば、終始劣勢の兵力で連合軍を翻弄した「砂漠の狐」ロンメル、あるいは圧倒的なソ連軍相手に巧みな機動防御を展開したマンシュタインなどである。


 わが国においても、かつての敵から名将と称えられた人物は少なくない。ルンガ沖夜戦の勝者となった()(なか)(らい)(ぞう)、「小猿を抱いた将軍」(みや)(ざき)(しげ)(さぶ)(ろう)……。


 そうしたなかでも、抜きんでて高い評価を受けているのが、最後の連合艦隊司令長官小澤治三郎であろう。


 しかし、小澤の戦歴を調べていくと、太平洋戦争緒戦のマレー上陸作戦掩護などを別とすると、敗戦の連続であることが分かる。マリアナ沖海戦、レイテ沖海戦など、小澤の関係したいくさはほぼ日本海軍の完敗に終わっているのだ。


 にもかかわらず、名将小澤の評価は揺るがない。


 何故か?


 その秘密は、小澤の作戦が示した先見性や可能性にあるのだと解説子には思われる。


 まず、小澤は日米開戦前の昭和十五年六月に、既に空母機動部隊の必要を訴えた意見具申を行なっている。衆知のごとく、空母を中心とし、それに警戒護衛艦艇を配した機動部隊は、真珠湾攻撃その他で絶大なる威力を発揮した。それを知っている後世の我々としては、しごく当然な提案であると考えてしまう。


 しかし、当時の海軍首脳部が大艦巨砲主義に凝り固まっていたなかで、敢えて空母・航空隊中心の戦略を打ち出した小澤の先見と果断は、群を抜いたものであった。


 事実、太平洋戦争は、小澤が予測したごとく、空母と基地航空隊の激突が勝敗を定めるものとなっていく。ハワイ、ミッドウェイ、ガダルカナルと、日米の決戦は空母を主兵として、戦われたのだ。


 さて、かかる先見性を持ち、海軍部内でも人物として知られた小澤となれば、彼こそが空母機動部隊の司令長官となるべきだった。こうした意見は、当時も戦後も有力だったのである。


 だが、日本海軍に()(まん)していた年功序列主義は、最盛期の空母機動部隊を小澤治三郎に指揮させるという夢を実現させることはなかった。小澤が空母を主体とする第三艦隊の司令長官を拝命したのは、ようやく昭和十七年十一月になってのこと。


 このとき、日本空母機動部隊は、真珠湾やインド洋に凱歌をとどろかせた精強な部隊では、もはやなかった。ミッドウェイの敗北、ガダルカナルをめぐる消耗戦により、母艦、飛行機、搭乗員ともに()(へい)しきっていたのだ。しかも、米軍の猛進撃をくい止めるために、何度か母艦航空隊の陸上転用を余儀なくされ(「い」号、「ろ」号作戦)、空母部隊は再編成の必要に迫られていたのだった。


 しかし、米軍は日本海軍に再編の余裕を与えず、昭和十九年六月、日本の絶対国防圏の要であるサイパンに襲来、マリアナ沖海戦を惹起する。日本側の空母九に対して、米艦隊が集結させた空母は大型空母七、軽空母八、護衛空母一〇と兵力差は隔絶していたが、驚くべきことに小澤は勝利への模索を止めることはなかった。


 日本側の艦載機、零式五二型戦闘機、彗星艦爆、天山艦攻のいずれも航続距離が米艦載機に優ることに小澤は着目し、敵の攻撃圏外から一方的に先制空襲を加えるアウトレンジ戦法を採用、()を以て(しゆう)を破ることを企図したのだ。技術的には不可能ではなかったし、実現性ゼロではない合理的な作戦だった。


 が、いかんせん空母航空隊の搭乗員の技量は低下しており、このような長距離攻撃を実行できる状態になかった。結局、日本の攻撃隊は、米戦闘機の迎撃を受け、さらにはVT信管を装備した高角砲の餌食となって、大損害を出してしまったのである。


 このように、マリアナ沖海戦は惨憺たる敗北に終わったのだが、それでも必敗に近い状況下でなおも諦めずに、勝利の可能性を求めた小澤の闘志と合理性は、今日までも賛嘆の対象となっている。


 こうした小澤の将としての資質は、続く昭和十九年十月のレイテ沖海戦においても、色濃くいくさに反映されることとなる。


 米軍のレイテ島進攻に対し、日本海軍は最後の決戦をいどむこととした。とはいえ、いまや海軍の主兵となった空母兵力はお話にならない状況にある。実に、大型空母一、小型空母三。艦載機に至っては、わずか一〇八機と、米軍大型空母一隻ぶんにすぎない。


 ここにおいて、小澤は破天荒の作戦を提案した。自らの空母機動部隊をおとりにして、ハルゼー率いる米機動部隊を北方につり上げる。その際に水上部隊をレイテ湾に突入させ、敵上陸部隊を撃滅せよと。


 戦後、米軍の尋問に対して、小澤自身「おとり、それが我々の第一に優先すべき任務であった」と述懐しているが、恐るべき合理性……そして、冷徹さと言わざるをえない。自分と部下を犠牲にして、圧倒的な敵に対する勝利を拾おうというのである。しかも、小澤は見事にこの作戦を成功させてのけた。


 小澤機動部隊を日本海軍主力と誤認したハルゼーは、上陸部隊を放置して北へ進撃、小澤が狙ったごとく、戦艦大和以下の水上部隊のレイテ進撃路は開放されたのだった。にもかかわらず、有名な栗田提督の謎の反転によって、レイテ沖海戦は日本海軍の大敗に終わるのであるが……。


 いずれにしても、このように小澤治三郎の戦歴を簡単に振り返るだけでも、常人ならば諦めてしまう局面であっても最善を尽くし、勝利の希望を捨てていないことが分かる。


 太平洋戦争における日本海軍の提督たちの多くが「淡泊」である、すなわち勝利にあっては追撃を徹底せず、敗北にあっては勝敗を逆転させようとする闘志に欠けるという、芳しからぬ評価を得ているなかにあって、なぜ小澤は例外でありえたのだろうか? 小澤は、しばしば「(いくさ)は人格だ」と口にしたというけれど、ならば小澤のいかなる人格がこうしたいくさぶりを可能にしたのだろうか?


 このような問いかけに、『最後の海軍大将・井上成美』などの著作で知られた宮野澄氏が正面から取り組んだのが、本書である。


 著者のアプローチは、戦史家や海軍研究者のそれとは異なるものである。それは、「まえがき」での「……すぐれた軍略家としての小澤を描く気は、まったくなかった」との大胆な宣言でも知れる。我々戦史研究家は、しばしば戦場でのあり方から指揮官の人格を探るということをするのだが、著者は「魅力ある人物としての小澤治三郎を追」うことから、逆に指揮官としての小澤を活写していくのだ。


 実際、著者があげるエピソードを追っていくと、まさしく「果断、寡黙にして情あり」というべき小澤治三郎像が浮かび上がってくる。


 マレー沖海戦の勝利にも慢心せず、「俺もいつかは、フィリップス長官〔イギリス艦隊司令長官、撃沈された戦艦プリンス・オブ・ウェールズと運命を共にした〕と同じ運命をたどるだろう」と言った小澤。


 海軍の面子にこだわることなく、(いま)(むら)(ひとし)の第十六軍のジャワ攻略を徹頭徹尾支援して、戦後に至るまでも感謝された小澤。


 最後の連合艦隊司令長官に任命されながら、海軍大将への進級を固辞した小澤。


 こうしたエピソードからは、搭乗員に過剰負担を強いるアウトレンジ戦法の主唱者、敢えておとり作戦を実行した、非情な作戦家とはまったく異なる小澤治三郎像が浮かび上がってくる。そして、小澤の部下たちが、命令一下死地に赴いたわけも自然と理解されてくるのだ。


 著者は、(こころざし)を貫いた人物に心()かれるという。その意味では、著者はうってつけの題材に出会ったと言える。

史は志にして、詩である」という。著者は、小澤治三郎という人物を通して、史と志を描き、ひとつの詩と成したのだ。


 本書はいろいろな読み方ができると思う。平成大不況のなかにあって、死中に活を求めるための指南の書としても読めるだろう。だが、単なる人使い、ある種のノウハウを求めるだけではつまらない。小澤治三郎、そして著者が小澤に託した思いを読みとって欲しいと言ってしまっては、説教臭いだろうか。


 蛇足ながら、自らの命令によって死んだ若人たちへの鎮魂、生き残った自分への自責の念を抱いて、ひっそりと生きていった小澤の戦後を描いた章に、解説子はもっとも感銘を受けた。将であるということは、かくも厳しきものかと考えたことを付け加えて、解説の筆を()くこととする。

(戦史研究家)

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