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20世紀とは何だったのか
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人文・科学
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文庫版まえがき

『20世紀とは何だったのか』
[著]佐伯啓思 [発行]PHP研究所


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 本書は、平成十六年(二〇〇四年)にPHP新書として出版された『20世紀とは何だったのか』を文庫化したものです。ただ、新たに二つの章を付け加えました。また、この本は、同じPHP文庫の『西欧近代を問い直す』の続編になります。もちろん、独立したものとして読んでもらっても、何らさしつかえはありません。

 もとになる新書は、京都大学における一、二回生を主対象とした「現代文明総論」と題する講義をまとめたものでした。この題名から推測されるとおり、この講義の趣旨は、特定の専門の見地からではなく、現代社会の本質を大づかみに描き出す、というものでした。つまり、その趣旨に合う限りでは何をしゃべってもよい、というわけです。

 私が選んだのは、「ニヒリズムとして現代文明を捉える」ということでした。西欧近代主義が「ニヒリズム」へと行き着き、それが今や世界を覆いつつある、ということです。

 確かに、現代の先進国に生きるわれわれは(特に、日本人は)、かつてなく自由になり、豊かになり、相当程度に平等も達成し、迅速で過剰なまでの情報に取り囲まれ、便利で快適な生活環境を実現してきました。今日では、さらにIT、ロボット、生命科学、遺伝子による治療……といった具合に、次々と技術革新が生み出されつつあります。

 しかし、それで本当に、われわれは「善き社会」を、「善き生活」を、「善き人生」を実現できているのか、というとそうはいえません。自由な市場競争がもたらしたグローバル世界は、安定どころか、いつ決壊してもおかしくない危険水域をよたよた歩んでいる、といったほうがよいでしょう。それに、われわれの精神生活はといえば、確かに、モノや情報の利便性や、つかの間の快楽はいくらでも得られるものの、本当の意味での充足感からはますます遠ざかっているのではないでしょうか。

 この講義では、それを「ニヒリズム文明」と捉え、その構造と諸相を論じてみたかったのです。

 毎年、同じではありませんが、この十年ほど、おおよそ本書のようなテーマで講義をしてきました。話したいことはいくらでもあります。「自由について」「民主主義について」「科学について」などといったテーマも講義ではとりあげましたが、本書ではそこまでは収録していません。また一度は、学生との討論による講義を実験的にやってみたこともあります。これは、『現代文明論講義』(ちくま新書)として出版されています。

 今回の文庫化にあたっては、今年度(平成二十六〜二十七年)の最後の二回分の講義を加えました。私は今年、平成二十七年の三月で退官になります。本書の最後に収録した附論は、いわゆる「退官記念講義」ではなく、通常講義の最終回なのですが、これが京都大学での最後の講義というわけです。

 それにしても、本書のもととなる新書が書かれたのは、例の二〇〇一年の9・11テロから少したってからであり、アメリカのイラク攻撃のわずか後です。それから十年ほどたって、昨年、今年と、再び、イスラム過激派が台頭し、「イスラム国」のテロが世界を震撼させています。

 アメリカのイラク攻撃や対テロ戦争が、イスラム過激派を刺激したことは間違いありません。再び、アメリカは対テロ戦争を呼びかけており、イスラムと西欧近代の衝突の様相を呈してきています。十年たっても事態はほとんど変わっていないようにさえ見えます。われわれは、今日あらためて、西欧近代が何をもたらしたのか、という問いの前に立たされているのです。

 この文庫本が、読者の皆さんに対して、現代文明のもっとも基底にある問題を考える刺激ときっかけを与えることができれば幸いです。最後になりましたが、本書にきわめて丁重な解説を寄せてくださった松原隆一郎さんと、編集を担当してくださった横田紀彦さんにお礼を申し上げます。


 二〇一五年二月五日
佐伯啓思 
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