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20世紀とは何だったのか
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第7章 アメリカ文明の終着点 技術主義とニヒリズム

『20世紀とは何だったのか』
[著]佐伯啓思 [発行]PHP研究所


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現代文明としてのアメリカ

 この最後の章では「アメリカ」を取り上げたいと思います。もっとも「アメリカ」といっても、アメリカという国そのものを論じるわけではありませんし、また、アメリカ社会論をやろうということでもありません。この講義のなかでアメリカを取り上げるのは、現代社会や現代文明を考えるうえでアメリカが決定的な重要性をもっているからです。それもアメリカが強国だとか大国だというからではなく、現代文明のある重要な局面をアメリカが典型的に象徴しているからなのです。ですから、あくまで「現代文明としてのアメリカ」が関心の対象です。

 アメリカが現代文明の主役として躍り出てくるのは第一次大戦をきっかけにしてですが、それはただヨーロッパからアメリカへの「力」の移行というだけではなく、アメリカ社会そのものの大きな変化でもあったわけです。

 このあたりのことについての私の考えは、『「アメリカニズム」の終焉』(TBSブリタニカ一九九八年、中公文庫二〇一四年)や『新「帝国」アメリカを解剖する』(ちくま新書、二〇〇三年)にも書きましたので、それらを参考にしていただきたいのですが、本章の主題とのかかわりで、一、二点だけポイントを述べておきましょう。

 二十世紀の初めに入って、アメリカ自身が大きく変わってきた。しかしそうだとすれば、アメリカはもともと、いったい何だったのかということが問題となるでしょう。

 アメリカ建国の精神に関する研究はきわめて豊富で、とてもここで要約できるものではありませんが、それでもあえて基本的なものを取り上げれば、次の三つの点を無視するわけにはいきません。

 第一はプロテスタンティズム。第二は、古代ローマなどをモデルにしてヨーロッパから輸入された共和主義の精神。第三は、財産所有者としての個人から出発する自由な経済活動、いいかえれば、個人主義的資本主義──アメリカ建国の精神としてこの三つは無視できません。

 このうちプロテスタンティズムについてはここでは論じません。二番目の共和主義の精神ですが、これが意味しているのは次のようなことです。

「共和主義の精神」は大衆民主主義を警戒する

 われわれの通念では、共和主義的な政治は王政に対立するとされています。君主制に反対するものが共和主義です。たしかに、アメリカがイギリスから分離・独立したときには、イギリスの君主制から独立したのですから、共和主義を反君主制と理解しても間違いとはいえませんが、その結果として、共和制と民主制を同義に使ってしまうとなると、これはいささかまずいことになります。

 それは決して正しい解釈ではなく、ヨーロッパの本来の共和主義思想は、一方でたしかに王権に対立するのですが、他方では民主主義の行きすぎに対してもきわめて警戒的なのです。多くの人民が平等に参加する、いわゆる大衆民主主義には強く抵抗しますね。大衆民主主義が一種の利益争奪となり、人々が公共心をもたずに自己主張ばかりすることを非常に警戒するのです。公共心の喪失が政治を堕落させると考えるのです。

 ですから、アメリカ建国の精神を現すといわれている『ザ・フェデラリスト』をまとめた三人のうちの一人、マディソンは、共和主義の精神を導入することによって、民主主義を抑制しなければならないと書いています。彼は連邦主義の導入を強く主張するのですが、その理由は、連邦制は各州の代表者の集まりですから、これは民主主義への牽制(けんせい)となるというわけなのです。

 そういう意味で共和主義は、単純な意味での人民主権そのものではない。共和主義、つまり「リパブリカニズム」は、パブリックという公のことがらについて判断でき、議論できる人たちが政治を行うという意味合いを含んでいるわけですね。そのためには、公共的関心や一種の奉仕の精神、勇気や愛国心という「徳」をもっている必要があります。その徳を背にしながら公共のことがらにおいて立派な活動を行い、人々の賞賛を得ること、ここに、もともとの「自由」の意味もあった。アレントが「公的な自由」と呼んだものです。

移民社会となり「自由」の観念が変貌する

 ところが二十世紀に入ると、共和主義や自由の意味が大きく変化していきます。まず十九世紀の後半あたりから、アメリカは大量の移民を受け入れるようになり、移民社会化してゆきます。特に、従来のWASP系ではない、つまりピューリタンでもアングロ・サクソンでもない、英語をしゃべるわけでもない人たち──東欧系、ロシア人、ユダヤ人、イタリア人、ギリシャ人、さらにはアジア系などを受け入れますね。こうして、アメリカは多民族、多人種、多宗教の社会へと変貌してゆきます。

 こうなると、共和主義的な精神も、その本来のかたちではもはや維持できません。公共的精神やそれなりの教養、美徳をもったエリートではなく、政治がこれら多様な人々の権利や利益にも開かれていきます。共和主義者が警戒した大衆民主主義の進展ですね。十九世紀の終わりには、人民党という名の政党が結成されます。人民党というのは、名前からして独占的資本に対抗して、農民を中心とする大衆動員を政党のひとつの基盤にするような、そういう政党ですね。

 このような状況下で、自由や民主主義の意味も再定義する必要が出てくる。自由は、共和主義がもっていた、政治に参加し人々のために働くことによって賞賛を得るという「公的な自由」ではなく、民族的にも宗教的にも多様な人々のなかで、自分の権利や利益を実現し、自己の私的領域の安全を確保しようとする「私的な自由」へと変化してゆきます。自由の意味内容が「公的自由」から「私的自由」へと変わるのです。
「公的活動」と定義された自由の場合には、自由は積極的な意味内容をもっています。社会のさまざまな場面でその人が何を主張し、何を実現するか、そして、それを他者がどのように見て、どう評価するのかということ、さらには個人の資質や徳(勇気や責任感、知恵や判断力といったもの)と「公的な自由」はしっかり結びついています。

 ところが、「私的な自由」の場合には、自由の意味内容は一種のブラック・ボックスに入ってしまい、その具体的な意味内容はわかりません。自由の内容は問われない。それは個人の私的領域の範疇(はんちゆう)で、プライベートな問題になるのです。プライベートとは「公的なもの」を剥脱(デプライブ)されている。彼がどのような人物かは隠されており、現れてこないのです。ですから、自由とは、ここでは結局、公的なものが個人の私的領域に干渉するべからずという、きわめて形式的で消極的なものとならざるをえません。

 自由は、個人がどのようなことをするのか、どのような倫理や責任感を伴って社会的に活動するのかという、具体的な行為との結びつきを失って、個人のプライバシーの尊重、個人の権利の保護といったものへと一般化され、形式化されるのです。ここにさらに、さまざまな文化的背景をもった多様な民族や宗教が入ってくると、自由は、個人の多様性の尊重という、まさに現代アメリカのリベラリズムの主張へと変形されてゆきます。

 ところが、このような「個人の私的権利の保護」や「個人の多様性の尊重」といった自由観念は、それが抽象的で一般的なだけに普遍化されてゆきます。具体的な場面から切り離されて、抽象的な原理になってゆくのです。こうして自由の観念が大きく変化してゆく。建国の精神にあった共和主義的な自由の観念が、具体的な場面でいかなる活動を行うか、また、それを支える倫理や責任がいかなるものかといった、具体的な倫理や徳と分かちがたいために、決して一般化できず普遍化できなかった(だからこそ、アメリカ建国の精神という特定の文脈で定義されていたのですが)のと対照的です。

 いずれにせよ、二十世紀に入って、移民社会化するアメリカにおいて、共和主義的な自由は、私的な権利の保護や多様性の尊重という私的自由へと変形され、その結果、抽象的で一般的理念へと普遍化されてしまうのです。

民主主義が現実から遊離し、理想化されていくプロセス

 同様のことは、民主主義についてもいえます。これも建国の精神にあった共和主義的な思想が、大衆による政治参加という現代の民主主義へと変形されていきます。

 共和主義においては、対等な立場での人々の積極的な政治参加が唱えられるのですが、この場合にも、先ほどの自由と同様、政治に積極的に参加する人の資質や倫理観、責任や社交性といったものがつねに問われるわけです。
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