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こけたら立ちなはれ
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生き方・教養
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努力が運を呼ぶ

『こけたら立ちなはれ』
[著]後藤清一 [発行]PHP研究所


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 あなたは、〈――運〉ということをどう考えるだろうか。運が悪かった、良かったの一言ですましている場合も多いようだが、運とはなんなのだろうか。

 私が、運ということを思い知ったのは、二十歳すぎのことだ。陸軍飛行兵として、岐阜の各務原(かがみはら)飛行第二連隊に現役召集されていた。生命拾いをした。豪雨をついての夜行軍。私は輸送トラックの助手席にいた。この助手席にさえ、雨が漏ってくるほどで、無蓋の荷台にスシ詰めにされた戦友はズブ濡れ。やがて小用休止。私も降りた。戻ってくると、助手台が占領されている。まあええわ。荷台で雨に打たれることにした。だが、一キロも行かぬうちに、このトラックは泥沼に車輪をとられて、転倒した。荷台にいた戦友は、全員、投げ出されて無事。助手台の戦友は逃げきれず、トラックの下敷きとなって圧死してしまった。投げ出されたとき、入営前に母がくれた成田山のお守りが真っ二つに割れた。倒れた私の身体の下敷きになって、物理的に割れただけのことかもしれないが、なぜか感謝しなければいけない、私はそう思って天を仰いだ。

 もうひとつ、電気工手として中隊長に同乗した飛行機が、離陸後、桑畑をスレスレに飛んで、そのまま墜落した。操縦士などは両足骨折の重傷を負ったが、私は気を失っただけだった。(人間、死ぬときはどんな安全な場所にいても死ぬ。危険なところにいたから必ず死ぬというわけでもない)

 私は悟った。人間を支配する大きな力の存在というものにおそれを抱くようになった。

 のちに知ったことだが、私の入営中、母は毎日、生駒山に私の身の安全を祈願したという。二度も九死に一生を得る。一家あげての信心の賜物ではないか。自分一人をよくしてくれとお賽銭を投げるのではなく、身内のものが寄りそって信仰するところに、運というものが向いてくるのではあるまいか。誠意をもって自らのおかれた苦境打開に努めることがいいわけで、人事を尽くして天命を待つというが、結果から判断すると、常にそういう形で幸運はやってくるようだ。
「あの人は運がいいからなあ」

 ――は、その人が努力を続けているというべきであり、
「オレは運が悪いなあ、チェ」

 ――は、まだオレは努力が足りないというべきなのである。

 私は、だから、「私は運が悪くてねェ」とヌケヌケとおっしゃるような人物は、敬して遠ざけることにしている。


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