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愛国者がテロリストになった日
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歴史
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第二章 出自

『愛国者がテロリストになった日』
[著]早坂隆 [発行]PHP研究所


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安重根は韓国人か?


 伊藤博文を暗殺した安重根とは一体、何者なのか。

 一八七九年七月十六日(旧暦)、安重根は朝鮮半島の北部に位置する黄海道にて生を()けた。

 この年は、日本の年号で言うと「明治十二年」に相当する。

 同年に生まれた著名な日本人には、歌人の長塚(たかし)や、作曲家の滝廉太郎、元帥陸軍大将・畑俊六(はたしゆんろく)などがいる。

 安重根の出生地は、黄海道の道都・海州である。海州湾に面したこの町は、交易や漁業によって古くから栄えた港湾都市であった。町の周囲には、豊かな穀倉地帯が拡がる。

 安重根の生家は、南江という川の近くにあった。広石洞と呼ばれる地域である。北方には首陽山が(そび)えており、「海州府首陽山下」が彼の戸籍上の住所であった。首陽山と言えば、古代中国において周の武王(ぶおう)(いさ)めた伯夷(はくい)らが隠棲した山西省の山岳部が有名だが、これとは別の山である。

 ここで一つ、驚嘆を禁じ得ない史実を紹介したい。

 実は海州の町は、現在の地図上では朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)に属している。平壌から南へ百キロほど離れた場所である。

 即ち、韓国側は昨今、官民一体となって「安重根は韓国の英雄」と国際社会に喧伝しているが、現在の地図上の区分から判ずれば、彼は「北朝鮮の地の出身」ということになる。無論、安重根が生まれた当時に「北朝鮮」という国家が存在しないことは自明であるが、だとしても「韓国の英雄」なる言葉の内部には極めて不明瞭な側面が含まれていることは否定できない。見え隠れするのは、韓国側が恣意(しい)的に安重根の存在を利用している姿である。韓国はソウルにおいて安重根を礼賛する記念館を運営し、伊藤を暗殺した現場であるハルビン駅には記念碑を建立するよう中国側に働き掛けて一定以上の成果を得たが、彼の生誕地を顕彰するような行為は一切していない。できないのである。

 筆者は「韓国の英雄」という言葉における「英雄」の部分に重大なる疑義を感じている(わけ)だが、驚くべきことに「韓国の」という表現さえも実は適確とは言い難い。(けだ)し「韓国の英雄」という言葉は、二重の意味において基盤の(もろ)い語句なのである。

 (ちな)みに、北朝鮮では「安重根への英雄視」は韓国ほど強くない。強固な独裁体制を続ける金一族としても、暗殺をあからさまに認めるような態度は取りづらいためである。

地方の名門貴族


 安重根の身体には、胸部から腹部にかけて七つのホクロがあった。このことから彼は、祖父・安仁寿(アンインス)によって「応七(ウンチル)」と名付けられた。この幼名が後に「重根」へと改められるのである(本書では「安重根」で統一)。

 このホクロに関して、韓国側の資料には「北斗七星の形に並んでいた」などとする記録が少なくない。だが、これはあまりに実証性に乏しい話である。こういった類いの逸話は、彼の存在を「伝説化」「美化」する過程において生まれ落ちたものだと考えるのが、冷静な歴史の見方というものであろう。

 それでは、安重根はどのような家庭に生まれたのであろうか。

 安重根の一族は「両班(ヤンバン)」と呼ばれる貴族・特権階級であった。

 両班というのは、文官である「文班」と、武官である「武班」の総称である。安一家は「郷班」「土班」などとも呼称される「地方の両班」であった。

 両班は世襲制であり、安重根は安一家の長男として生まれた。
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