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愛国者がテロリストになった日
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歴史
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第六章 亡命

『愛国者がテロリストになった日』
[著]早坂隆 [発行]PHP研究所


読了目安時間:22分
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伊藤博文の消し難き過去


 私は安重根という人物の身上を綴るに当たって、彼を特別の害心に基づいて罵倒することを欲していない。自らの視座を可能な限り客観的な場所に置くことを意識しつつ、あくまでも信頼に足る一次史料を基盤として、史実の断片を()り合わせながら拙い筆を走らせている。

 (しか)して、このことは伊藤博文を書く上でも同様である。

 伊藤とは如何なる人物か。ここで、評伝として担保されるべき最低限の公正さを維持するため、記しておかなければならない事柄がある。

 長州藩出身の伊藤は若き頃、尊王攘夷派の志士であったが、彼は文久(ぶんきゆう)二年(一八六二年)十二月二十一日の夜、仲間の山尾庸三(やまおようぞう)と共謀して、国学者の塙忠宝(はなわただとみ)ら二名を襲撃している。塙には「孝明帝を廃位しようと画策している」という誤った巷説(こうせつ)が流布しており、伊藤らはこれを信じて凶行に及んだのであった。被害者の二人は、そのまま死亡した。

 伊藤の来歴における消し難き過去の一片である。伊藤はこの襲撃の直前には、高杉晋作らと共に「イギリス公使館焼き打ち事件」にも参加している。伊藤がイギリスに渡り、その圧倒的な彼我(ひが)の国力の差異を痛感して、攘夷派から開国派に転ずるのはその翌年のことである。

 私は、伊藤の存在を本然(ほんぜん)の姿から離れた形で、無闇に美化するつもりなど毛頭ない。伊藤が暗殺によってその生を断たれたことについて、「因果は巡る」と理解する人々がいたとしても()むなしと思う。

 だが、伊藤暗殺事件には、そんな平易な俚諺(りげん)で片付けてはいけない歴史の教訓が内包されているとも感じるのである。

 とまれ、安重根と伊藤博文という二人の素顔に出来合いの仮面を被せることなく、彼らの生涯における刹那(せつな)の交錯が見せたその陰影や残響を確かめたいという欲求が、筆者としての原点であり偽らざる本心でもある。


 時計の針を明治三十九年(一九〇六年)に戻そう。

 伊藤は韓国統監府の初代統監として漢城に居る。かつての勤王の志士もすでに六十代の老境に入り、日本の政界を代表する重鎮となっていた。伊藤は己の青年期の過ちを悔い改めるように周囲の過激な主張を戒め、漸進主義を自らの政治理念の根幹に置くようになっていた。

 そんな伊藤が、韓国において最も優先すべき政策として見据えていたのが教育改革である。伊藤は元来、日本国内でも教育政策を重視してきた政治家であった。

 韓国統監府統監の伊藤は、第一回となる「韓国施政改善に関する協議会」の場において、教育改革の重要性を強調。そして伊藤は「教育に関連する費用は韓国人からの徴税ではなく、日本政府からの無償借款によって賄う」という骨子を取り(まと)めた。

 但しその後、実際に日本政府から供与された借款の額は、伊藤の希望には及ばなかった。それでも、伊藤の統監在任中に「普通学校令」が公布されるなどした結果、韓国の学校数が飛躍的に伸びたのは事実である。

 また、伊藤は駐韓する日本軍の独走を抑止するための体制の整備にも、時間と労力を割いて真摯に取り組んだ。伊藤は韓国統監として「駐韓日本軍の監督権者」という立場にあったが、「武断政治」を嫌う彼は、軍の動向にも丁寧に目を配っていたのである。

日本と朝鮮半島の関わり


 そんな伊藤だが、当時の彼が韓国という国をどのように捉えていたのか、推し量る上で役立つ一つの逸話がある。

 同年十月、新渡戸稲造が渡韓した時のことである。新渡戸は「韓国への日本人移民の促進」を要請するため、伊藤のもとを訪れた。「韓国の近代化を助けるためには、日本人移民の力が有用」と新渡戸は思案していたのである。だが、伊藤はこれに「反対」だという。新渡戸は不思議に思って、
「しかし、朝鮮人だけでこの国を開くことが果たしてできましょうか」

 と問うた。
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