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伝説のヤクザ18人
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ルポ・エッセイ
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第十四話 筑豊の荒くれ“川筋モン”を束ねた情愛の親分

『伝説のヤクザ18人』
[著]山平重樹 [発行]イースト・プレス


読了目安時間:10分
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太田州春(太州会初代会長)


十八歳で作業員六十数人を統率


 太州会初代の太田州春会長とお会いしたときの強烈な印象は、いまも忘れがたい。


 昭和六十二年三月六日のことであったが、いかにも九州男児を絵に描いたような豪快な男らしさと、頭の良さ、情の細やかさとを併せ持った人で、

〈こんな親分もいたんだ!〉


 と仰天した記憶がある。


 太田州春が生まれ育った福岡県田川市は、同じ炭鉱地帯の筑豊地区でもより独特の風土を持ち、炭鉱の全盛時代、全国から流れてきた荒くれたちによって育まれた“川筋モン”の伝統を最も色濃く受け継いでいるといわれる。気性の激しさで知られるのだ。


 その“田川気質”の申し子ともいえる太田は、何より故郷・田川を愛した親分でもあった。


 昭和九年一月十日生まれの太田州春は、子どものころから国定忠治や清水次郎長の芝居や浪花節が好きで、ヤクザ渡世への憧れは早くからあったという。人の上に立つ器量は天性のものだったようで、中学生の時分から愚連隊の頭領となり、以来、「太州会」を結成するまで親分と名のつく者は誰一人持ったことがなかった。


 子どものころからヤンチャで「やりっ放し」の暴れん坊、中学二年のとき、少年院入りを余儀なくされたが間もなく脱走し、関東へ出て池袋の寄居一家・森田信一親分のところにワラジを脱いだこともあったという。


 帰郷後、太田は炭鉱を経営していた地元の代議士に見込まれ、炭鉱で働くようになった。毎日、荒くれ作業員たちの喧嘩三昧が絶えないなか、ある日、経営者の代議士が太田少年に、

「おまえなら統制とれるだろう」


 と炭鉱の経営を任せてしまったのだという。


 かくて十八歳にして、年上の荒くれ作業員六十数人を統率して現場を仕切っていたというのだから、その器量は並ではない。

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