あいうえお作文
この日のプログラムは「あいうえお作文」。大喜利でもよくやられるネタで、「あ、い、う、え、お」を頭文字に文章を作って、最後の「お」でオチを付ける。
(『毎日新聞』2010年2月21日 5面)
京都文教大学で、吉本興業の講師を招いて面接対策セミナーを開いたという記事です。「あいうえお作文」は、たとえば「あなたと 一緒に 上野の 駅近くで お買い物」などというのがそうです。
この呼び名を初めて知ったのは、1995年の大晦日に「紅白歌合戦」を見ていた時でした。SMAPのメンバーが、後輩バンドのTOKIOを「あいうえお作文」で紹介していました。
これに類することば遊びは古くからあります。古典の時間に習うのは「伊勢物語」の「東下り」。主人公が「からごろも 着つつなれにし 妻しあれば はるばる来ぬる 旅をしぞ思ふ」と、「かきつばた」を折り込んで歌を詠みます。こういうものは「折句」と言われます。
戦後にも、ラジオの「とんち教室」では、「高くないのに 南京豆は バーでつまめば 高くなる」(たなばた)などといった「折り込みどどいつ」が人気を呼びました。
言語感覚を養うのにいい遊びなので、『三省堂国語辞典』の新規項目として提案しました。もっとも、すべてひっくるめて「折句」と言えばすむとも言えます。最終的に、編集会議では不採用になりました。
悪事身に返る
しかし、〔構造改革派は〕それ〔=平均所得の切り下げ〕をやり過ぎてしまったため、車が買えなくなるくらい庶民の懐が寂しくなってしまったのだ。構造改革派にとっては、まさに「悪事身に返る」になってしまったのだ。
(『週刊実話』2008年1月31日号 84ページ)
経済アナリストの森永卓郎さんの文章。政府が自動車産業などの活性化を目指し、庶民に負担をかけたところ、かえって自動車が売れなくなってしまった。これを「悪事身に返る」と表現しています。
これ以前には目にしたことのない表現でしたが、意味は分かります。「悪事を働けば報いを受ける」「自業自得」ということでしょう。
森永さんが「まさに」と前置きして使っているということは、出典がありそうです。ことわざ辞典を見ると、江戸時代の俳書「毛吹草」にあるとのこと。なるほど、「悪事身にとまる」というのが載っています。これと同じことのようです。
日常生活で「それは『悪事身に返る(止まる)』だね」と使ったら、なかなか便利そうです。そこで編集会議に提案してみました。結果はやはり没でした。
いかんせん、使用例が少ないというのが難点です。それから、もうひとつ、辞書を引かなくても分かるということもあります。読んで字のごとくの意味なので、項目として取り上げる優先順位は、どうしても下がってしまうのでした。
朝涼
碌さんは、朝涼の間に、ちっとばかり仕事をして置こうと思って、机に向っていたところへ、小型の人魚が現れたのである。
(獅子文六『悦ちゃん』〔1937年単行本〕角川文庫 25ページ)
獅子文六は戦前から戦後にかけて活躍したユーモア作家です。明るい作風は私の好みです。「碌さん」は作詞家で、悦ちゃんのパパ。
ここに出てくる「朝涼」は、いいことばです。夏の日中は、暑くてとても仕事が手につきませんが、午前中はまだ涼しさも感じられます。これが「朝涼」です。
私が小学校の頃、夏休みの学習用の小冊子には、「朝のすずしいうちにべんきょう」と注意が書いてありました。私は今でも、夏はなるべく冷房を切り、朝のうちの涼しさを味わっています。
エネルギーの逼迫が言われる今、「朝涼」のよさを再認識するべきではないか。このことばを辞書に載せてはどうでしょう。
とはいえ、使用例はどれも古いのです。志賀直哉・北原白秋など、戦前の書き手が多く使っていて、現代の例があまり出てきません。となると、現代語の辞書にふさわしいか、という疑問が出てきます。やむなく、採用は断念しました。
エアコンの普及によって、せっかくいいことばが、ひとつ忘れ去られてしまった。そんな感傷に浸りたくもなります。
アブラギッシュ
党首にしても、まだ小沢〔一郎〕さんのほうが、田中角栄さんみたいな、昔の「強い政治家」が持っていたアブラギッシュさがあって、人を引き付ける魅力があるように思うんですよね。
(『週刊現代』2008年5月24日号 24ページ)
タレントが政治家を品定めしているコメントの一部です。
ここに出てくる「アブラギッシュ」は、もちろん、「脂ぎっていて、エネルギッシュ」という意味の俗語です。顔や腕を脂でテカらせながら、あちこち飛び回る中年男性のイメージが鮮明に浮かびます。
使われだしたのは1990年代と見られます。もはや一時の流行語ではないので、辞書に載せることは考えられます。
『三省堂国語辞典』は、現代語として定着していれば、俗語であっても積極的に項目に採用します(〔俗〕と表示した上で)。「飲む」と「コミュニケーション」を合体させた「飲みニケーション」(酒を飲みながらコミュニケーションを深めること)も載せています。
となると、「アブラギッシュ」を採用してもいいはずですが、実際には不採用になりました。
これは、必ずしも相手を褒めていないという点が大きいですね。引用例は肯定的な評価で使われていますが、一般に、「アブラギッシュ」と言われてうれしい人は少ない。俗語で新語、しかも悪口であることばは、採用のハードルが少し高くなる感じがあります。
アンゼリカ
八宝飯/材料(4人分)/小豆1カップ、〔略〕杏シロップ煮4個、アンゼリカ、チェリー、レーズン、クランベリー各少々、〔下略〕
(『週刊朝日』1998年4月24日号 14ページ)
「八宝飯」という、中国で祝いの席に出す、一種のおはぎの作り方を書いたページです。その飾りつけに「アンゼリカ」が使われています。
アンゼリカをご存じでしょうか。私はよく知っています。「アンジェリカ」とも言います。
百科事典にはセリ科の草と書いてありますが、私たちがふつう目にするのは、ケーキに載せる、長楕円形などをした緑色の飾りです。