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インテリジェンス入門 英仏日の情報活動、その創造の瞬間
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歴史
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まえがき

『インテリジェンス入門 英仏日の情報活動、その創造の瞬間』
[著]柏原竜一 [発行]PHP研究所


読了目安時間:8分
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 現在、日本には情報機関を設置するべきだという声がよく聞かれるようになってきました。情報機関を設置するにしても、情報機関とは何か、情報活動とは何かという原理的な問題についてある程度の理解がなければ、おぼつかない話でしょう。本書は、情報機関を最初から考えてみたいという人のための導入として執筆されました。インテリジェンスに対するアプローチは、アメリカのような社会科学的なアプローチから英国のような歴史的アプローチにいたるまで様々です。しかし、事前の知識がなくても理解でき、理論的なアプローチへの導入にもなるのが、歴史的アプローチです。まずは、歴史からはいるというのが本書での狙いです。


 では、どの時代の歴史を扱えばよいのでしょうか。ここでは、近代的な意味での情報機関もしくは情報活動が確立される一八七〇年代前後から一九一〇年前後まで、日本で言えば明治維新から第一次大戦の直前までを取り上げることにしました。


 興味深いのは、この時代には、現在の二一世紀の状況との強い類似性が見いだされることです。アフガンでの戦争、ロンドンでのテロ事件、中国の不穏な情勢といえば、最近の新聞記事の見出しのように感じられるかもしれません。しかし、アフガンでの戦争は、一八八〇年代末の英国の戦争でしたし、やはり一八八〇年代中頃のロンドンでの爆弾テロの頻発は、アイルランド独立派によるものでした。また一九世紀末の清朝といえば、洋務運動が進行中で近代化が進んでいましたが、一九〇〇年の義和団事件のように、内部にたまった圧力がいつ噴き出るかわからない状態にありました。


 このように、一九世紀と現代の二一世紀は驚くほどよく似ているのです。裏返せば、世界は、第一次大戦、第二次大戦、そして冷戦をはさんでも、さして進歩していないのかもしれません。


 二〇世紀を席巻した共産主義思想が、冷戦の終結とともに、少なくとも国際政治の表舞台からは消え去って以来、ますます、一九世紀の世界は現在の我々にとって身近な世界であるように思えます。一九世紀末は、世界は幾つかの列強国による多元的秩序によって構成されてきました。アメリカの覇権が衰えつつある現在、世界は一九世紀末の状態に再び里帰りをはじめたかのようです。


 こう考えると、一九世紀を考えるということは、二一世紀の我々のあり方を考えるということにもなるのです。そして、まさにこの時期に各国で近代的なインテリジェンスが整備されつつあったのです。ですから、インテリジェンスを歴史的起源に沿って理解しようとするなら、この時期がまさにうってつけということにならないでしょうか。


 一九世紀後半といえば、現在から考えれば、科学技術の水準もごく低く、現在とは比較にならないのは確かです。しかし、原初的な形態であるからこそ、大きな構図がつかめるという言い方もできるはずです。例えば、一九世紀後半の水準から考えれば、通信技術は驚くほどの進歩を遂げています。また暗号技術とその解読技術にしても、比較にならないというのが現状でしょう。しかし、だからといっていきなり公開鍵暗号の解説から始めて、そもそもインテリジェンスとは何かという大きな問いに答えることになるでしょうか。やはり、一度に見渡せる大きな構図というものが必要になるのではないでしょうか。それに何よりも、情報活動を行うのは人間なのです。情報活動は誰が行い、その成果はどのように利用されるのか。そして、情報機関を行政の一部として考える場合、起こりうる問題は何なのか。こうした問題は、すでに草創期の段階から明らかになっています。こうした大きな構図を知ることこそが、それ以降の、とりわけ現代のインテリジェンスを考える上では大きな力になるのです。


 さらに、本書ではフランス、イギリス、日本という三カ国の情報活動を同時代的に比較することをもう一つの目的にしています。現在の日本では、明治の時期にまでさかのぼって情報軽視であったという主張もあります。しかし、この問題に答えるにあたっては、あくまで他の国との具体的なあり方の比較の上でなされなければなりません。本書では、この問題にも一定の答えが引き出せたと私は考えています。


 この時期の英仏日の情報機関の物語は、それぞれの国の「情報機関の坂の上の雲」とも言いうると思います。それぞれの国家が各国なりの時代的制約に悩み、そして解決策を模索するのですが、同時代であるにもかかわらず、その対応の多様性には改めて驚かされます。


 フランスはヨーロッパの中でもかなり早い段階にインテリジェンス体制を確立しますが、それは普仏戦争の敗北による対独復讐という情念に彩られていました。それを噴出させたのが、ブーランジェ将軍であり、ブーランジェ将軍の強力な指導によりフランスの防諜能力は格段に強化されました。しかし、その一方で、そのインテリジェンス能力の向上が招いた悲劇がドレフュス事件だったのです。そして、通信傍受並びに暗号解読技術の進歩は、露仏同盟の成立以降の外交上の成功を可能にしました。


 イギリスでは、意外なことですが、一九世紀を通じてインテリジェンスは不調でした。というのも、一番大きな理由はその必要がなかったからなのです。外交情報ということでいえば、英国にはロイター通信社があり、また英国金融機関による世界的なネットワークが確立していました。軍事情報は、一九世紀を通じてほぼ平和が保たれていたので、低調さが問題になることはあまりありませんでした。しかし、一九世紀中葉のクリミア戦争、一九世紀末のボーア戦争と次々と苦戦を重ねます。その結果、軍事情報活動の抜本的な見直しが進むのです。


 しかし、一九世紀後半の英国にとって最も問題だったのは、世界中に広がる広大な大英帝国をいかに維持し防衛するかという課題でした。これに応えるために植民地防衛委員会が設置され、さらには内閣防衛委員会、そして帝国防衛委員会が設置されます。こうした委員会、特に帝国防衛委員会(CID)では様々な省庁が一堂に会し、多岐にわたる課題が綿密に検討されました。CIDの小委員会での議論から、後の対外情報機関であるSISや公安・防諜機関であるMI5、それに情報集約機関としての合同情報委員会が(JIC)生まれるのです。いわば、帝国防衛委員会とは英国情報機関の生みの親なのです。ですから、この帝国防衛委員会の形成過程を知ることは、単にインテリジェンスの問題に留まらず、広く国家戦略の策定はいかにあるべきかという問題に関する知見をあたえてくれるはずです。


 また、英国本国を見れば、インテリジェンスは不調でしたが、目を大英帝国全土に広げれば必ずしも不調とも言い切れないのです。実は、一九世紀後半において、ロシアに対して、最も積極的な対外情報活動が繰り広げられていたのがインド北西部でした。現在のパキスタン、アフガニスタンに相当するこの地域は、クリミア戦争以降、英露双方によって積極的な情報活動(「グレートゲーム」)が繰り広げられていました。ここでの経験が後に本国でも生かされることになるのです。


 それに対して日本では、明治維新以降、国際社会の荒波に翻弄されながらも、自国の独立、不平等条約の改正、そして列強から中国を防衛するという活動に邁進することになります。その際に活躍したのが玄洋社や黒龍会といった民間の結社でした。彼らの活動ができたばかりの日本の陸海軍の活動を支えることになります。特に、日清経済研究所を設立した荒尾精やその後を継いで東亜同文院の校長を務めた根津一の活動は、インテリジェンスというものが単に技術的な問題ではなく、個人の理想、生き様とも密接に関わっていることを明らかにしています。この日本における愛国的インテリジェンスは、明らかに英国やフランスのインテリジェンスのあり方とは明らかに一線を画するものです。


 このように同じ時期の三カ国を比較することで、様々なことがわかります。まず、日本人はインテリジェンスにどのように向き合ってきたのか、その対応の独自性を明らかにすることができます。また、最も進んでいたフランス情報活動の抱えていた官僚制の暴走という問題は、現代においてもなお健在です。また、英国流の関係省庁間の合議体制というスタイルも、インテリジェンスの問題だけに留まらず、国家の戦略策定という点で大きな指針を与えています。本質的な点では、一〇〇年前の問題は現在の問題と変わりがないことがお分かりいただけると思います。一〇〇年前の状況は現代に生きる我々にとって大きな指針となりうるのです。


 なによりも、インテリジェンスには国民性が色濃く反映しています。その誕生の瞬間において、インテリジェンスにおける国民性は、忘れ得ぬ輝きを見せるのです。インテリジェンスを歴史的な産物と捉えるなら、この時代はまさしく各国の情報機関にとっての青春時代でした。青春期ゆえの過ち、あるいは成功がその次の時代にも大きな影響を及ぼしているのです。この青春時代を追体験すること、これが本書の目的です。

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